『クレヴァーの夜明け』第2話
リーネンブルク領東部、領都リトルベルク城市ーーーー
領都からの帰還通達を受け、俺は馬で3日掛けて領都リトルベルクに戻った。リンとアヤノと騎兵20騎が護衛として俺に同行し、3台の馬車に負傷者を乗せていた。途中フリット卿の騎士団とも出会い、何故か護衛を名乗り出て俺と一緒に領都に戻ることとなった。尚、俺がフリット卿に訊くと、アレインの言う通り、騎士団は残党処理の依頼をなんだかんだ理由付けて受け入れてくれなかったみたいだった。その時のフリット卿の顔がどこかニヤニヤしている感じで気持ち悪いと思ったが、この理由はイリーナ様に会うことで理解した。
イリーナ様は礼節を重んじてる人で、遠出をして何か報告をする時は必ず身を清めて、服装を整えてから行うのが貴族の礼節として教わってきたが、今回は緊急事態ということで、リンとアヤノ、ジークリンデを伴って、フリット卿とともに大広間へと通された。
「イリーナ様、ただ今戻りました」
部屋の中に通されると、イリーナ様は椅子に腰掛け、近くにはネルも控えていた。イリーナ様の前のテーブルにはいくつもの書類が置かれていた。ただいつもと違うのは柔らかい笑顔を浮かべているイリーナ様は今日は険しい表情をしていることだった。
「ご苦労様、ユウキ。それにリンと……」
「ジークリンデ・フォルナンスと申します」
「………アヤノ・エイジアス」
「ジークリンデさん、アヤノさん。あなた方のおかげで領民の命は賊徒から守られました。領主としてお礼申し上げます」
イリーナ様は深く頭を下げると、ジークリンデとアヤノも頭を下げた。
「イリーナ様」
「……………」
フリット卿が意味深に声を掛けると、イリーナ様は一瞥すると俺にしっかりと見た。
「ユウキ。フリット卿から報告を受けているけど、クレヴァーの地に突然城が建っているとのことだけど、これを建てるよう指示を出したのはユウキ、あなたなの?」
「はい、私です」
「そうですか…… 築城においては領主の許可が必要であることは知っているわね」
「はい」
そう、このリーネンブルク領では無断築城は罪の問われる。戦においての仮の砦を作ることは、非常事態においては許可なく作ることはできる。しかし今回俺は完全な城だけでなく、城塞都市を作ってしまった。フリット卿はこのことで俺が罪に問われることを予期していたのだ。
「………そうね、ユウキ。無断築城の罪についてだけど、領民を守り、賊徒を壊滅させた功績を考慮して………」
イリーナ様は俺をしっかり見て、俺もどんな罰でも受け入れる覚悟はできているのでしっかりとイリーナ様を見つめて言葉を待った。
「あなたに与えた、リーネンブルク領の執政権をすべて返還してもらうわ」
「なっ! イリーナ様!」
まず声を挙げたのはフリット卿だった。
「無断築城は重罪です! 本来であるならば処刑してもおかしくない罪です!」
「エウロイ、あなたとユウキは私の下で働いてくれる大事な臣下よ。功績と罪を公平に考えて裁決を出したまでよ」
「しかしながらそれではあまりに甘すぎるのでは………」
「……………」
「イリーナ様、どうか再考を!」
「黙りなさい! エウロイ・ヴァン・フリット!」
「っ!!」
イリーナ様の一喝にフリット卿は声を詰まらせた。俺も内心、普段聞いたことがない分驚いていた。
「そもあなたは何故領都に戻ってきたのですか! ベラや辺境警備隊は敗走した賊徒を捕まえに走り回っているというのに、あなただけノコノコと帰ってきた!」
「そのようなこと貴族のすることでは………」
「領内の治安を守るのは貴族と騎士の役目。あなたはその役目を放棄して貴族を名乗るのですか」
「そ、そのようなことは………」
「ならば今すぐ行きなさい」
「はっ?」
「今すぐ、騎士をまとめて賊徒捕縛に向かいなさい!」
「は、はい!」
フリット卿は敬礼すると、慌てて部屋を出ていった。その後ろ姿を見送ったイリーナ様ははぁ〜と溜息を付くと、いつもの朗らかな笑顔を浮かべた。
「大声を出してしまってごめんなさいね。それでユウキ、早速報告をしてもらいたいのだけど………」
イリーナ様は後ろに控えるジークリンデとアヤノを見た。2人とも旅装のままで汚れが目立った。
「リン、ネル。2人を浴場に案内してあげて、それとリンも一緒に埃を落としてきなさい」
「「はい」」
2人は一礼してアヤノたちを案内しようとしたが、ジークリンデがイリーナ様に話しかけた。
「あの、イリーナ領主。私は………」
「あなたのことも聞いています。しかしながら今は私の客人としてこの屋敷でゆっくりしてください。もちろん負傷したあなたの仲間も」
「………はい、ありがとう御座います」
ジークリンデは深々と頭を下げると、リンたちと一緒に部屋を出ていった。
「さて、ユウキ。今回の騒乱の報告をしてくれるかしら」
「はい。まずは………」
俺は領都を旅立ってからここに戻るまでの出来事を淡々と報告した。その間、イリーナ様は目を閉じて耳をすませている様だった。
「………以上が今回の騒乱の全容です」
報告を終えるとイリーナ様はゆっくりと瞳を開き、ふぅ〜と溜息を付くと、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「何というか、波瀾万丈な日だったのね、ユウキ」
「命を賭けた数ヶ月をイリーナ様は一言で片付けてしまうのですね」
「フフッ、でもあなたのお陰で領民が守られたのは事実よ。本当にありがとう、ユウキ」
「いえ………」
俺はイリーナ様に褒められて少し恥ずかしく思ったが、頭を切り替えて今まで疑問に思っていたものを尋ねた。
「それでイリーナ様。『王家の指輪』を持っていたあの男はいったい何者なんですか?」
「王家に関わりのある者であなたの言う特徴を持つ者は一人しかいないわ。確か名前は……」
ーーーーグラム・イーヴァルディ。現国王に仕えた最古の騎士。
「グラム・イーヴァルディ……… 確か、王国最強の騎士で近衛隊の総隊長の名前だったと思いますが」
「その騎士グラムよ。彼は国王陛下が幼少時から交流があって、学園でも文武を磨き合い、その時に騎士の誓いを陛下に捧げているの。どんな時でも陛下から離れたことはなかったはずだけど、王都からこんな離れた所で亡くなっているなんて………」
「忠義の騎士が王の証である指輪を持って辺境の地に屍となっている……… 私が思いますに、王都で今、只事でないことが起こっているのではないでしょうか?」
「王都、ね。ここ最近、王都からの情報が入ってこないから何が起こっているのか分からないのよね。今度人をやって調べてみましょう」
「………指輪の件は王都に伝えますか?」
「今はやめておきましょう。王の証しが王を離れるなんて異常よ。指輪は私が預かっておきましょう」
「短剣は?」
「短剣はあなたに差し上げましょう。私が持っているよりも適していると思うの」
「分かりました」
「王の指輪はそれでいいとして、次は襲撃者ね……… 肌に数字の書かれた武装組織なんて聞いたことがないわね。でもその時計に装飾品に描かれている紋章は分かるわ」
「これはいったいどこの家の紋章ですか」
「隣国は帝国の侯爵家、ブローニュ侯爵家の紋章よ」
「て、帝国? 帝国が俺の命を?」
俺はあまりの衝撃にいつもの言葉遣いが出てしまった。
「帝国か侯爵家、どちらがあなたの命を狙ったのか分からないけど……… でも変ね、確かにあなたは特徴的な風貌はしているけど、帝国や侯爵家を敵に回すようなことはしていなかったはずだし……… ダメね。全然思いつかないわ。ユウキ、あなたは何か思い当たる節はある?」
「いえ、まったく」
「そう……… 分かったわ、それもこっちで調べてみるわ」
「お願いします」
「他に報告することは、ある?」
「いえ、ありません。ただ………」
「ただ?」
「イリーナ様の下で今後、何をしていけばいいのか、と思いまして」
「あぁ、そうだったわね、すっかり忘れていたわ」
イリーナ様はポンと手を合わせると、机の上に置かれた小箱を手に取ると、俺を手招きした。
「今回の一件で偶然にも、あなたがこの1年に培った能力を評価することができました。本来であればもっと他の役職を任せようかと思ったけど、これを頼もうと思うわ」
「はっ」
俺は恭しく小箱を受け取ると、イリーナ様は仕草から開けるように促されたので開けてみた。
「………なっ! こ、これは!」
「『子爵位の指輪』よ。爵位を授けることができるのは王と上位貴族のみであるけれども、あなたにはそれを付けてクレヴァーの城とその周辺を統治してもらうわ」
「………」
「今後、あなたは『ユウキ・フォン・クレヴァー・サイトウ』と名乗り、領民の安寧と領地の発展に尽力しなさい」
「はっ!」
俺は深々と頭を下げると、熱いものが込み上げてくることを感じながら、大広間を退出していった。
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