『ハーフエルフの流民』第3話
ロータス村、サイトウ隊・流民合同宿舎ーーーー
「………ユウキ様、目が赤いようだが、何かあったのか?」
「いや、目にゴミが入っただけだ。それよりも………」
アレインに応えつつ、俺は周りを見渡した。今、俺は連れて来た傭兵(これはサイトウ隊と呼ばれている)と流民たちが仮の寝床として立てたテント群の中で一際大きなテントの奥の椅子に腰掛けていた。目の前には教会で見た地図と同様の地図が机一杯に広がっており、それを囲むように、俺の右側にアレイン、ウィリアム、アヤノ、イリア、クロウが並び、左側はリン、ニコル、ジークリンデ、フェリアード、フェイ、そしてリトルベルクから駆けつけてくれた、土の民でヴェルハイム侯爵家騎士団副団長である『ベラ・アルテミス』が腰掛けていた。団長であるイリーナ様が体が弱っていることから、騎士団の全権はベラが預かっていた。
「さっきも言った通り、今、非常に危険な状態だ。ここに来る時にイリアが撃退した者は盗賊団の斥候だと思われる。このことから分かるように、奴らはただの盗賊ではない。組織だった、用意周到な動きをする、最早軍隊とも呼べるような集団だ。皆、これをどう対応するか考えを言って欲しい」
俺が言葉を切ると、真っ先に声を挙げたのはフェイだった。
「そんなの当たり前よ! 盗賊団が来る前に兵を率いて大森林の偽流民を攻める!」
「………だが、敵は多勢、味方は無勢。報告された盗賊団以外がすでに偽流民と合流していれば、敵数はさらに増える。よって味方の壊滅は必然………」
フェイの言葉に反論したのは、クロウだった。
「ハッ、青狼族は根暗が多いっていうが、噂通りだな」
「………なにっ」
「やめよ! 大敵の前で仲違いをするでない!」
2人の仲裁に入ったアレインは俺に向き直った。
「ユウキ様、私が思いますに、打って出る他にはないと思います」
「アレインもそう思うか………」
「ちょっと待って下さい」
手を挙げて制止したのは、ジークリンデだった。
「そのような多くの敵に挑むよりは、ここで立て篭もって迎え撃った方が良いのではありませんか」
「フォルナンス殿、そのようなことをすればこの村は今以上の被害を受けまする。我々の任務はこの村を守護すること。本末転倒になってしまいます」
ウィリアムの言葉に、そうですか、とジークリンデは目を伏せて落ち込んだような表情を見せた。と、同時にフェリアードがキッと俺を睨んだ。何なんだよ、いったい………
「サイトウ殿、報告したいことがあります」
「ん? ベラか」
「はい。先ほど、斥候に放った騎士から【風話】が来まして、村の方角から不審者を捕縛したと。尋問した所、その者は何度も村とアジトを行き来して、村の状況を知らせていたようです」
「こっちの状況は筒抜けか………」
結局、その場で作戦を決めることができずに、一時解散となってしまった。
サイトウ隊・流民合同宿舎、馬車置き場ーーーー
大テントから出た時、空にはきれいな月が浮かんでいた。俺は煮詰まった頭を冷やすべく、夜の宿舎を散歩していたら、いつのまにか馬車置き場まできていた。ここは人はあまり通らない場所であり、車が整然と並んでいる。いつものように俺は足を運んできたのだが、今日は先客がいたようだった。
〜♪ 〜〜♪ 〜〜〜♪
澄み渡るような清らかな歌声で歌っているのは、馬車に腰掛けているジークリンデだった。発音は共通語のものではなく、昔、イリーナ様から聞いた古代精霊語に似ていたが、そのせいか神秘的な感じがした。
「………とても不思議な歌ですね」
「っ!! サイトウ様、ですか………」
一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻ったジークリンデは困ったような顔をした。
「恥ずかしいですね。私の歌を聞かれてしまいました」
「いや、すみません。そんな盗み聞きするようなつもりはまったく………」
「いえ、いいんです。こんな所で歌ってた私にも非はありますから」
こちらへどうぞ、と手招きされ、俺はジークリンデの横に腰を下ろした。ジークリンデは真上に輝く月を見上げて言った。
「サイトウ様、御覧ください。今日の月はいつもよりも清らかで心が洗われるような光を放っています」
「本当ですな」
「………でも、あなたの心はなかなか洗われないようですね」
「………」
俺は答えることが出来なかった。
「私でよければ相談に乗りますが」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「………やはり、盗賊の件ですか?」
「ハハッ、分かっちゃいますか。そうですね、こういった集団戦闘を指揮するのは初めてで、心配なんです。ジークリンデさんはそういった経験はありますか?」
遠くを見るような表情をしたジークリンデは言った。
「長いこと旅をしていますと、危険なことに直面することはありました。でも、そういう時、私は必ず決めていることがあります」
ジークリンデは話しを区切ると俺の瞳を見つめた。
「どれだけ恐れを抱いても、決して決断を見送らないということです」
ジークリンデはそっと俺の手の上に手を重ねた。
「上に立っての戦闘は初めてで、自分の判断で人を殺めてしまうかもしれないという”恐れ”を抱いていることでしょう。しかし、それに負けてはいけません。負けることは、すなわち多くの友や仲間を失うことにつながります。”恐れ”を乗り越え、私たちを導いて下さい」
「だが………」
「それに、私の見たところ、もうお考えは決まってるのではないですか?」
月明かりに輝く、ニコッと笑うジークリンデの顔を見ている俺は、いつの間にかいつもの静かな気持ちを取り戻していた。
大森林、近郊の平野ーーーー
ロータス村から南方に向かった所に大森林があり、数多の樹齢数千年の樹木が雄大に枝を広げ、昼であっても森林の中は常に薄暗い。その樹木の影から次々と人影が現れ、陽光に照らされていく。種族は人種と獣人種で、皆武装しているが武装は統一されておらず、また装備は所々に傷や汚れがあり、どれだけ使い込んでいるかがよく分かる。
そんな中、一人の人種の男が隣りを進む男に話し掛けた。
「頭ァ、やっと暴れまわれることができやすね!」
「応よ! 何日も暗い森ン中で待ち続けたかいがあったってもんだ!」
そう応えたのはロングソードを担いだ男は前方を見た。視線の先には黒いローブを身に纏った者が馬に跨って進んでいた。男はこの”雇い主”が話している所を見たことがなく、横に侍る小男が代わりに指示を出していた。因みに金もこの男から貰っている。
(雇い主はいけ好かない野郎だが……… まぁ金を貰ってるから文句はないがな)
男は今度は後ろを眺めた。その中に、黒い布地に赤でサソリの模様が描かれたスカーフを腕に巻いた集団がゾロゾロと歩いていた。
(凶暴な南の獣人の盗賊団、『マール盗賊団』か……… それだけじゃねぇな、名の売れた盗賊団がチラホラ見えるな。たかだか村1つ襲うのに、あんな奴らを集めるたぁ、いったいなに考えてるんだ?)
「頭ァ、さっき来た奴が言ってたンすけど、襲うのは夜らしいっすよ」
「はぁ? こんだけいれば夜じゃなくとも片付くだろう」
「それが何でもあの”黒ローブ”の指示らしいっすよ」
「………ったく、こっちは何日もおあずけ食らってるってのに」
暗い森の中で溜まった鬱憤を早く晴らしたいと、憎らしく前方を見た。”黒ローブ”の先にはすでに襲う村の教会の鐘が見えていた。
ロータス村、教会前広場ーーーー
時は既に太陽も沈み、辺りは静寂が支配していた。本来ならばどこの家も夕食を楽しむ声が聞こえてくるはずが、今は篝火の爆ぜる音しか聞こえない。そんな篝火に照らされる人影があった。
「………ふぅ」
竜人族の戦士、アヤノ・エイジアスである。戦斧を提げて南の方角を眺めていた。
「おう、竜人族の。何か見えるか?」
「………」
アヤノが振り向くと、そこに『赤猫戦士団』の一位戦士、フェイがいた。その後ろには赤猫族の屈強な戦士たちが控えていた。
「………殺意、暴虐、搾取、とか………」
「ガッハッハ! そうか、敵はそこまで着ているか!」
「………赤猫の戦士は本当に場の空気が読めない」
教会の影から出てきたのは元盗賊のクロウだ。既に二振りのの曲刀は抜かれており、両の手に握られていた。後ろには流民の中の獣人戦士が控えていた。
「………」
「どうした、青狼族。そんな浮かない顔をして」
「ここに集うは人間種以外の種族。我らは人間種の捨て駒にされてるのではないか、とな」
「ハンッ、そんなことか」
フェイはクロウに向き直った。
「俺らは捨て駒じゃねぇ。まず、ここには竜人族がいる。捨て駒扱いにしては値が張るとは思わねぇか?」
「………」
「それにあいつは”友”を捨て駒にする程、度胸はないぞ!」
そう言うとフェイはニヤッと笑った。
「”友”? 我がか?」
「応よ! あいつの友達基準はむっちゃくちゃ低いことで有名なくらいだぜ」
「我が、あ奴の”友”………」
クロウは信じられないような顔をしていた。
「まぁ、話しはそれくらいにしとこうぜ。客人のお出ましだ」
クロウは南を眺めた。静寂を打ち破り、物が破壊される音、何かが割れる音、男の怒鳴る声などが聞こえ始めていた。
フェイは広場に集う戦士たちに向き直った。
「いいか! 俺たちの作戦は敵を惹きつけ、倒し、そしてユウキの本隊と合流する。つまり、誰もがここで死ぬことは命令違反だ! お前たち! 気合入れていけ!」
「「「応っ!」」」
ーーーーこの戦いを切掛けとして、アークランド王国の辺境領で1つの戦いが起こったが、後の歴史学者たちはこの戦いを『クレヴァー・ロータスの戦い』と名付けた。
感想をお待ちしています。