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黒之戦記  作者: 双子亭
第1章 戦火の花嫁
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『ハーフエルフの流民』第2話

    ロータス村近郊、街道ーーーー









 俺の前で武装した男を騎乗のまま吹き飛ばした、村娘のような衣服を身に纏った女性は、大剣に付いた血を一振りして取り払うと、背に大剣を背負った。



「………で、あなた達はどなた?」

「私はイリーナ様の臣でユウキ・サイトウという。今回、イリーナ様の命令でロータス村に医者を連れ来た。どうか、そこを通して欲しい」



 大剣を背負った女性は俺の後ろの馬車に隠れた流民を見た。



「その割には、流民のような出で立ちの者が多いようですが………」

「彼らはここに来る途中で保護した者だ。私がイリーナ様の臣である証はこの指輪を見て欲しい」



 俺は右手を高らかに掲げ、指輪を相手に見せたが、



「そのような指輪、どこにでもあるでしょう。それにもしそれが本物だとしても、あなたが盗んで手に入れているのかもしれない」



 そう言って、背負っていた大剣を俺へと構えた。



(ムッ、なかなか警戒心が高いな。さっきの男たちが関係するか………)



 解決策が見つからないことに内心焦りを覚え始めた時だった。



「その声、イリアか!」



 馬を前に出して来たのは、ウィリアムだった。



「ウィル!」

「久しいな、イリア!」

「あなた、帰ってくるのが遅いわよ!」

「すまない。手土産を買う資金を調達しようとしたら、いつの間にかここに来ていた」

「もう、あなたはいつもそうなんだから!」



 何やら和気あいあいと話し始めた2人だが、俺はウィルに説得するよう頼んだ。



「イリア、この方は正真正銘の領主イリーナ様のご家来の方だ。君の村のケガ人を診に来たのだ。道を開けてくれ」

「あなたがそう言うなら……… 分かったわ、サイトウ様、村までどうぞご案内します」



 そう言うと、イリアは馬頭を返して俺たちをロータス村へ案内してくれた。道中、俺はウィリアムと馬を並べて大剣の女性、イリアについて尋ねた。



「彼女は見た目は村娘のように見えるが?」

「イリアとは私とつい最近までパートナーを組んで一緒に傭兵をやっていました」

「”やっていました”ということは、もう傭兵ではない、と?」

「えぇ、そうです」

「まだ若く、尚且つあの実力があるのに辞めてしまうとは、何か特別な事情があるのか?」

「その理由には私も関わってくるのですが………」



 そう言うと、ウィリアムは照れたように頬を掻きながら答えた。



「結婚するんです、私と彼女が」

「はっ!?」



 俺はイリアとウィリアムを交互に見つめた。話しが聞こえていたのか、こちらを振り向いたイリアの顔を恥ずかしさのせいか、赤く染まっていた。



「それは、おめでとう、ございます」

「ありがとうございます」

「しかし、夫婦で傭兵をしている話しはよく聞きますが、それでも辞めるのですか?」

「彼女の父親がロータス村で唯一の雑貨屋を経営していて、彼女はそれを引き継がなければいけませんし、それに結婚すれば子供もできますから、あまり危ない稼業につくよりも、田畑を耕していた方が子育てもしやすいと思ったからです」

「なるほど……… ん、ということは、あなたも辞めるんですか?」

「はい、この依頼が終わったら手土産を買って帰ろうと思ったのですけど……… ハハッ、何故だか帰って来てました」



 ウィリアムがカラカラと笑いながら話している内に俺たちはロータス村に着いていた。









    ロータス村、村内広場ーーーー









 俺は今地獄にいる。正確にはどこにでもある普通の村の中にある広場のはずだが、今はそこかしこにケガ人のうめき声や医者たちの怒声が響き渡り、広場は血や焦げた匂いで満たされていた。



「酷いな、これは………」

「サイトウ様、遠路はるばる、我が村に援助にきていただきありがとうございます」

「村長、この事態はいったい、子供にまでケガ人が出ているとは………」

「そのことについてお伝えしたいしたいことが。ひとまず我が家に………」



 村長に連れられて来た所は、所々焦げている部分のある、村一番大きい屋敷だった。



「申し訳ありません。かなり荒れていますが、どうぞこちらに」



 案内された部屋は多分応接間のような所だが、棚が倒れ、花瓶も横倒しになったままで、所々の壁が崩れており、とても人をもてなす場所ではなかった。相対するように村長が座ると、疲れきったようなため息をついて話し始めた。



「事の始まりは5日前の夜でした。昼頃に100人程の集団が村に着きまして、彼らは賊に村を襲われて流れてきた流民と言うので、女子供もいたものですから、疑うこともなく我らは彼らを受け入れました。食事や寝床を与えて、近くの辺境警備隊の詰所に連絡をしておきましたが、その夜、寝床にしていた宿屋から火の手が上がり、駆けつけてみれば、流民の者たちが手に手に得物を持ち、こちらに向かって襲いかかってきたのです。村の若者やイリアが必死の抵抗をして、また異変に気づいた辺境警備隊も駆けつけて頂いたおかげで、これだけの被害に抑えることができました」

「それは、大変でしたな……… しかし、もう大丈夫です。しばしの間この地に留まり治安維持にあたりましょう」

「ぉお! それは、ありがとうございます!」



 村長は席から立ち上がると俺に平伏した。



「所で、暴動を起こした者はどうなりましたか? 捕虜や死体には見られませんでしたが」

「はい、辺境警備隊が駆けつけた時、不利と感じて大森林の方へ逃走しました」

「そうですか、辺境警備隊の部隊隊長は今どこに」

「教会に仮設の本部を作ってそこで活動しています」



 俺は村長の言う教会まで来た。中を覗くと辺境警備隊の緑の制服を着た者が数名壁に貼られた地図の前で話したり、裏口から入ってくる同じ制服を着た者と言葉を交わしたりしていた。



「すまない、私はリトルベルク侯爵から使わされた者だ。この中で部隊隊長はどなたかな」



 辺境警備隊の隊員は顔を見合わせると、風の民である一人が名乗り出た。



「俺がこの第3西部辺境警備隊隊長のグランだ。すまないが、あんたの名前を聞いてもいいか」

「名乗り遅れたが、私はユウキ・サイトウだ」

「!!」



 名乗り上げ、右手の指輪を見せた瞬間、グランを始め、周りにいた隊員は電気を流されたように直立し敬礼した。



「し、失礼いたしました! サイトウ執政官殿!」

「………執政官?」

「はっ、中央からはそのように聞いております!」

「そ、そうか(俺の役職名、初めて聞いたな……) 所で、君たちがここに着いた時、暴動はまだ続いていたのか?」

「はい、しかし、大剣をつかう村娘によって殆どが敗走しており、数名の流民を捕らえることができましたが、残りは逃げられました」

「捕虜はどこに?」

「教会の地下に繋いでありますが、ほとんどが女子供で、尋問しても怯えて答えてくれませんでした」

「そうか………」



 応えた俺はふと、壁に貼られた地図を見た。地図にはロータス村や南の国境、クレヴァー城跡などが表されており、赤い点が所々に印されていた。



「グラン隊長、この地図の赤い点は?」

「これは、部下が不審者を発見した場所ですね」

「不審者とは」

「はっ、ここ最近不審な黒ローブ集団が見かけるようになり、現在調査していた所なのですが、ロータス村の一件で今は一時中断しています」



 俺は再び地図を見た。赤い点には発見月日も記されており、同じ赤い点で記されているが、俺は2種類に分けることが出来た。1つは北から南へ、大森林に向かっているグループは、多分話しを聞いている通りだと、フォルナンス達のことだろう。もう1つは南の辺りをウロウロしているようだった。



 俺が地図を眺めていると、グランは耳に手を当てる仕草を見せた。これは【風話】をする時に見られる独特な仕草で、今グランは誰からかの【風話】を受けている様だった。受け終わるとグランは俺の方を向いた。



「サイトウ執政官殿、今までのこと、そして先程連絡の入ったことについて報告したいことがあるので、どうぞこちらに」



 案内された場所は教会の2階にある書庫のような、少しカビくさい部屋だった。壁は本棚と本の平積みで埋め尽くされ、中央には簡素な机と椅子が二脚用意されていた。机の上には火の点ったランタンと先ほど見た地図の簡易版のようなものが置いてあった。俺とグランは相対するように椅子に腰掛けた。



「あまり掃除がしてありませんが、どうかご勘弁を」

「あぁ、それは気にしないよ。それより報告を聞こう」

「はっ、それでは今までの襲撃の経緯について………」

「流民が暴動を起こして、君たちとここの若者が追い出した、という話しは村長から聞いたが」



 グランは考えこむような顔をした。



「………追い出した、ですか。間違ってはいませんが、正確には”一時撤退”したが正しいかと」

「? どういうことだ」

「逃げた流民を追っていった部下が奴らの仲間を確認しました。数は1000くらい、南方、大森林の影に隠れています」

「1000! そんな数の流民が集まっているのか!」



 グランは思案するような表情を見せた。



「………執政官殿、自分が思うに、奴らは流民ではありません、れっきとした盗賊ではないかと」

「何故そう思う」

「自分も見ましたが、奴らの戦い方は盗賊のそれに似ていますし、何より戦い慣れています。とても流民が感情に任せて武器を奮っているとは思えません。それに、ここの元傭兵の娘も同様のことを言ってました」

「そうか……… だが、一緒に連れて来た女子供は何なんだ」

「それなんですが、奴ら、この村を油断させるために連れてきたのでは」

「………盗賊はそんな頭を使ったことをするか?」

「自分が思うに、奴らを指揮する者がいるんじゃないかと、しかも相当頭のキレる奴が」

「………」



 この報告を聞いて、俺は頭が痛くなる思いだった。



「ここに来る間に武装した男たちに会いませんでしたか?」

「あぁ、会った」

「奴ら、偵察としてその男たちを村に潜り込ませていたんですよ」

「もはや、軍隊だな………」

「はい、自分もそれだけが不安で、現状の戦力で対応できるのかどうか………」

「今ここに、ヴェルハイム侯爵家騎士団がこちらに向かってます。連絡してから考えると明日にはこの村に着くでしょう」



 俺の言葉を聞くと、グランは顔を輝き始めた。



「本当ですか! いや、そしたら”アレ”も対応できるかもしれない」

「アレ?」

「先ほど、部下から連絡がありまして、盗賊『マール盗賊団』をはじめ、5つの盗賊団が領界を越えた、と報告がありました」

「っ!!!!」

「西部辺境警備隊の主な目的は、領界を犯す盗賊を警戒もしくは撃退することなんですが、領界を警戒していた部隊から【風話】がありまして、南方の領界を越えた獣人集団を目撃、武装、構成から『マール盗賊団』と断定したと」

「………分かった。そのことについて、部下と話し合いたい。今日のところは一旦、帰らせてもらうよ」

「はっ、でしたら見送りを………」

「必要ない、では」



 そう言うと、俺は椅子から立ち上がり、階段を降りて、教会を後にした。





 足早に俺は村外にあるフォルナンス達、流民とサイトウ隊の仮設合同宿舎に向かったが、俺とすれ違う人々は皆、ギョッとした表情をして振り返った。黒髪だからという理由もあるだろうが、俺の顔が鬼のように怒りに満ちていたからであろう。始めはただの事務仕事として現場に赴いて査察していたのが、今では南から押し寄せる盗賊の大軍団からこの村の人々を守らなくてはならない。



 何故、自分なのか………



 もちろん村人を守りたい、という意志はある。しかし何故それを自分がしなくてはならないのか、いや、どうして自分にそんな災厄が振りかかるのか。自分はただデスクワークをして人の役立つことをしたかっただけなのに………



 握り締めた拳に爪が食い込む痛みを感じながら、俺は宿舎へと向かった。

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