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黒之戦記  作者: 双子亭
第1章 戦火の花嫁
13/33

『きざし』第3話

    リトルベルク、傭兵ギルドーーーー




 俺はニコルとフウカに任務のことを伝えた後、傭兵ギルドの前まで来ていた。既に日を傾いていて、西の空を赤く染めていた。通りを歩く人の数も減ってきているが、傭兵ギルドの前だけは活気が残っていた。今日1日働いた傭兵たちがここに戻って報告や食事を済まして帰宅する。夜遅くまで賑わっている。そんな場所に来ていて、俺は傭兵ギルドの入り口を潜った。



 その瞬間、空気が凍った。



 俺が一歩ずつ前へ進むたびにヒソヒソと話し声がするし、食事をしていた者も手を休めてこちらを窺っている。カウンターまでくると受付の看板娘ではなく、この傭兵ギルドのマスター、『ジル・バーデン』が一礼して迎えてくれた。



「ようこそ、ユウキ様。今日はどのようなご用件で?」

「依頼の申し込みだ」

「……侯爵家として、ですか?」

「はい」

「分かりました。どうぞこちらに……」



 ジルに案内された場所は掃除の行き届いた、質素な部屋だった。元々、この男の性格上飾るのを嫌う節があるのを前々から感じていた。部屋に置かれた椅子に腰掛け、対面にジルが座ると受付の娘が紅茶を出してくれた。



「……あなたが来るといつも空気が冷えます。首筋に剣を突き付けられたように」

「はは、すみません。なるべく近づかないようにしてるんですけどね」

「それで、どのような依頼を?」

「練兵の依頼だ。ラインバレル地方のイスタナ村の自警団が対象。人数は3〜5人でランクは上位の傭兵で、期間は一月。経験豊富で教えるのが得意な人材で」

「……ずいぶん要望が多いようですが、肝心の報酬については」

「一人金貨2枚、期間中の費用はこちらが負担する」

「わかりました、その依頼を受諾します…… そうですね、今日で依頼を終えて帰ってくる『フェイ』に声を掛けてみましょう。彼ならばあなたの依頼に応えてくれるでしょう」

「フェイさんか…… そうしてください」

「しかし、なるほど…… ようやく侯爵家が盗賊対策に乗り出したわけですか………」

「……………」

「失礼、忘れてください」



 その後、俺はジルと細かい調整をしてから傭兵ギルドを後にした。受付期間は1週間で集まらなければもう1週間待つこととなった。





    リトルベルク西部居住区ーーーー





 傭兵ギルドを後にした俺はリトルベルクの西部にある居住区に来ていた。ここは城内の職人、商人、兵士の家族が住まう場所で、月が昇り始めたこの時間帯はすでに人気が少なくなっていた。そんな中、俺は通りに面した二階建ての家に入っていった。



「あら、ユウキさん。いらっしゃい。こんな夜中にどうされたのですか」



 俺を出迎えてくれたのは金髪の頭に三角ずきんをつけ、ロングスカートの端からこちらも金色の尾が見え隠れしているエプロン姿の金狐族の女性、サユリだった。彼女はこの宿屋『若草亭』で住み込みで働いていて、フロントの掃除の途中だったようだ。



「こんばんは、アレインは帰ってますか?」

「えぇ、さっきまで食堂でお酒を飲んでて、今部屋に戻ったところよ」

「そうですか。わかりました、ありがとうございます」



 そう言って、階段を登ろうとしたら、後ろの方でため息が聞こえてきた。



「………どうかしましたか、サユリさん」

「いえ、何でもありません。ただ………」



 サユリさんの方を向いた俺はその目が怪しく光るのに気づいた。



 あ、これヤバい………



「月夜の晩に体を持て余したうら若き未亡人の下へ殿方が来られたのに、向かう先が私の部屋でないというのが何とも淋しいかぎりで……… 私って、そんなに魅力がないでしょうか、ユウキさん」

「いえ、そんなことは………」

「でしたら今度、私の部屋にも遊びに来てくださいな」

「えっ」

「来てくださいな」

「いや……」

「来てくださいな」

「わ、わかりました」

「お待ちしていますわね…… ユ・ウ・キ・さん」



 そう言うと、サユリさんは奥の部屋へと戻っていった。俺はその後ろ姿を見送ると再び階段を上り始めた。



(まずいなぁ…… 近々寄らないといけないなぁ、あれ)



 少々欝な気になりながら階段を上り、一番奥の部屋まで来ると部屋をノックした。



「アレイン、ユウキだ」

「おぉ、いいぞ、入って」



 部屋に入った俺はまず部屋の至る所に転がる酒用の小ダルが転がってる。アレインは大の酒好きで宿屋の酒だけでなく、他所の店でも酒を買っては部屋に持ち込んでいる。そんな中でベッドに横になっているアレインを見つけ、



「……またこんなにお酒を飲んで……… これから大事な話しをするけど大丈夫?」

「フン、どんな酒だって俺を酔わせることはできない………… あの日からな」

(あの日?)

「それより、大事な話しがあるのだろう」

「え、あぁ。今度練兵の依頼でイスタナ村に行くけど一緒に行く?」

「依頼? ギルドのか?」

「そう。フェイさんも行くかも知れないけど、どうする?」

「依頼受付人数は何人だ」

「3〜5人」

「3〜5人か。ならば俺もその依頼を受けて同行するとしよう」

「ありがとう。助かるよ」

「フム、しかし今南方は非常に危うい状況だということは、言わなくとも分かっているな」

「危ういからこその依頼だよ、アレイン」

(………まぁ、何かあれば俺が守るだけのことか)



 要件を言い終わった俺は扉に手を掛けたが



「何だ、もう帰るのか」

「あぁ、あまり遅くなると心配かけると思うし」

「そうか……… そうだ、ユウキ。1つ伝えておかねばならないことがあった」



 アレインはベッドから起き上がると懐から数枚の紙の束を取り出して俺に差し出した。



「馴染みの商人から聞いた話だが、最近、妙な連中が隊商を襲っているらしい」

「妙な連中? 盗賊とはちがうのか?」

「あぁ、あいつらは適度に殺して金目のものだけを奪っていくだろう。だが俺の聞いた話だと2つの型式がある。1つは人を殺さず霊術か何かで眠らせ、積荷から商人の身につけているものなどすべてを奪っていく奴と、もう1つは積荷には手を付けず、隊商のすべての人を殺していく奴だ」

「…………」

「それで、これにはその詳細が書いてある。今後の何かに役立つと思うから持っていけ」

「ありがとう」



 俺はアレインに礼を言うと、サユリさんに見つからないうちに宿屋を後にした。時はすでに月が昇り明るく照らしており、人気はすでに失せていた。イリーナ様の館に戻る途中、俺は手元の紙束を見ながら物思いに耽っていた。



 ここ最近、南部を襲う盗賊被害の他にいくつか気になる報告が入っていた。その1つに盗賊たちの死体が発見されているということだ。武装した遺体で傭兵登録されておらず、中には指名手配犯もいたので盗賊であると踏んだのだが、どの遺体も急所を一撃で刺殺されており、盗品に手をつけた後がない。



(まったく、いったい何が起きてるのか……)



 頭を掻きながら俺は館への帰路を急いだ。





    リトルベルク南門前広場ーーーー




 1週間後、俺はリトルベルク南門広場にいた。服装は普段の紺色の服の上に特殊金属製の胸当て(自作)や籠手(自作)、脛当(自作)をして、その上から茶色のローブを着ている。腰には使い慣れた剣を差し、背には矢筒、手には大弓を持っていた。弓はこちらの世界に来てからも練習していて、時々、リンと一緒に狩りをしたりしていたので、自信はある。補佐として同行するニコルも武装して、今は馬車の中で荷物の確認をしている。その荷台にアレインが腰掛け、自分の装備の確認をしている。



「よう、坊主。久しぶりだな!」



 不意に声を掛けられ振り返ってみると、ワインレッドの髪を無造作に束ね、その隙間から猫耳が覗いている大柄な獣人、『フェイ』だった。



「やぁ、フェイさん。お久しぶりです」

「おう、半年ぶりだな! 前見た時はひょろい男だと思ったが、ずいぶん逞しくなったじゃねぇか、おい!」



 そう言って、フェイさんは俺の背中をバシバシと叩く。



「痛っ、フェイさん痛いです! それにどうしてそんなに元気なんですか」

「はん、そんなの当たり前だろ。戦士は第一に体を大事にして万全の態勢で戦いに挑む。やる気も体調も自分で管理できなきゃ一人前の戦士とは言えねぇからな。それに懐かしい顔も見れた」



 フェイは馬車の方に向かって大きく手を振ると、それに気づいたアレインが軽く手を振り返した。



「俺が誘っても依頼を受けなかった男とこうやって一緒の仕事ができるんだからな。ちったぁ興奮するぜ」

「一度もないのか?」

「あぁ、気乗りしないだの理由をつけて全部断ってたからな、あいつ……… ま、そういうわけでしばらくよろしく頼むな、坊主!」



 俺の頭をガシガシと撫で回してから自分の馬へと戻っていった。



「サイトウ殿」



 次に声を掛けられたのは、あの傭兵ギルドのイザコザを収拾してくれた、ウィリアム・クリスフォードだった。



「ギルドカードと受理証明書の確認をお願いしたい」

「はい……… 確認しました。クリスフォードk…さん、前回は助けていただいてありがとうございました」

「いや、何。たまたま通りかかっただけのこと、そう気にすることでもない……… それに」

「…?」

「………いや、何でもない……… あぁ、それと私の顔は少々幼い顔立ちをしている。年齢を間違われることもよくあること、それも気にするな」



 そう言うと、クリスフォードさんは立ち去った。



(やべぇ、あれ絶対気にしてるよ………)



 クリスフォードさんの後ろ姿を嫌な汗を掻きながら見送ると、不意に、馬車の影で見覚えのある後ろ姿を見つけた。普段の格好と違い、革のブーツにショートパンツ、黒いタンクトップの上にこれも革の胸当てを付けている。腰には鉈のような形状の片刃の剣を下げ、口と鼻を赤いスカーフで隠し、辺りを窺うようにキョロキョロと見回している姿は、明らかな不審者である。



「……………リン、何やってるんだ」

「ぅえ!!」



 後ろから近づいて呼びかけると、不審者改めリンは普段は聞くことのできないような声を上げて振り返った。



「何でここにいるんだ」

「そ、それは…… その………」

「ん、手に持ってるのは何?」

「え、そう! これだ! イリーナ様からこれを渡して欲しいと頼まれていたんだ」



 リンは手に持っていた物を俺に手渡した。受け取った物は布に包まれていて、解いてみると中から幾何学的な装飾された短剣が出てきた。



「詳細は『能力』を使って、とのことだ」



 そう言われた俺は早速、『能力』を使って短剣を調べた。





 ーーーー『メナスの短剣』

      水の民『メナス』が愛用した短剣。





 水の民『メナス』ーーー 水霊神フェイナールに仕えた水の民で学問に秀でた存在で、彼女は数々の遺産を残してこの世を去った、と神話には書かれていた。この短剣もその遺産に含まれるから相当の価値があるはずだ。



「イリーナ様は本当にこれを俺に?」

「む? 確かにそうだが、何かおかしかったか?」

「まぁ…… いや、何でもない。この短剣は確かに預かったよ。持ってきてくれてありがとう、リン」



 イリーナ様も何か考えがあってのことだと思った俺はとりあえず短剣を受け取ったが、おつかいを終えたリンは妙にソワソワしていつものような落ち着きが見当たらない。



「……リン、他にもなにかあるのか?」

「いや、ないけど………… ええい、まどろっこしい! ユウキ!」

「お、おう」

「あたしも連れて行け!」

「………え?」

「だから、あたしも、連れて行け!」

「ちょ、お、落ち着け! 体を揺するな!」

「えっ、あ、ごめん……」

「ふぅ…… それで、イリーナ様の許可はとってあるのか?」

「も、もちろんだ」

「なら、いいよ。用意が済んだら荷物は馬車に載せて。あ、もしかしたら自分の馬って用意してあるか? ならば………」

「なぁ」

「んっ?」

「本当に、行っていいのか?」

「あぁ、いいよ。逆に断る理由もないしな」



 あたしは驚いた。いつもだったら渋る所だが、あいつはあまりに呆気無く了承してくれた。1年も付き合いがあるからどれだけ断っても意味がないということを知っているのか、はたまた何か考えがあるのか、それは分からないけど、まぁ、一緒に行っていいならそれでいいか。あいつのことはあたしがしっかり守ってやらないといけないからな!





    ーーーーこうしてユウキ達一行はイスタナ村へ向けて出発し、物語も動き始めるのだった。

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