黒之戦記の始まり
初めまして、『双子亭』です。投稿は月に一度にしようと思っています。初投稿ですがよろしくお願いします。
エルムバルト大陸――――
かつて、主神にして創造神である『アース』によって創り出されたこの大陸を4人の神々が支配していた。4人の神々はそれぞれ『四大属性』の内の1つを司り、次のように呼ばれた。
火を司る、火霊神『ルークムント』
水を司る、水霊神『フェイナール』
土を司る、土霊神『ラウド・バゴ』
風を司る、風霊神『イグニシア』
また、4人の神々の加護を受けた者のことを、『火の民』、『水の民』、『土の民』、『風の民』と呼び、その特徴としては頭髪の色が『四大属性』のそれぞれを象徴する、赤、青、茶、緑であり、神々とともに大陸の秩序と安寧を守り続けてきた。大陸の実りは非常に豊かであり、気候も安定しており、争いは起こらず平和で、大陸の住人の暮らしぶりはとてもよかった。
しかし、ある来訪者の一言で大陸の状況は一変してしまった。
影の女神『デルフィニア』
来訪者は主神アースの姉であり、世界の最果てに住まうとされている、女神デルフィニアであった。4人の神々は突然の来訪に驚いたものの、丁重にもてなそうとしたが、女神デルフィニアはそれを拒み、主神アースからの言葉を残すと姿を消した。
その言葉とは………
4人の中で、最も強い者を主神の後継者とする―――
その言葉を聞いた後、4人の神々は今までの平和がまるで嘘であったかのように、争い始めた。争いは神々の間だけにはとどまらず神々の加護を受ける者たちにまで及び、大陸全土に争いの影が広まっていった。天空は戦火の黒煙で覆われ、緑豊かな大地は荒れ地となり、蒼海は流血で赤く染まった。また、大陸の各地に屍の山が築かれ、そのほとんどが神の加護を受けていなかった者たちであり、生き残ったのは加護を受けた4つの民であった。
神々の戦いは何百年も続いた。元々、『四大属性』というものは、それぞれが有利不利の関係である。例えば、火は水に対して不利であるが、土に有利である。そのような関係なのだから、戦いに終わりがないのは当然であり、4人の神々は次第に弱っていき、大陸の守る堅固な結界は消失していった。
結界の消失後、女神デルフィニアは自身が加護する『影の民』とともに、魔獣の群れを引き連れて大陸を襲った。4人の神々は女神デルフィニアの侵攻で初めて自分たちが騙されていたことに気づき、4つの民とともに大陸を守ろうとしたが、弱りきった神々と加護受けた者たちは為す術無く倒されてしまい、女神デルフィニアによる大陸占領も最早目の前までせまったときであった。
女神デルフィニアが1つの火山にさしかかった時、一筋の稲妻が女神に直撃し、そのまま灼熱の溶岩の中へと消えていった。主神アースの攻撃であった。主神アースはそのまま自身の力を使いきり、大陸をのさばる魔獣の群れを殲滅し、『影の民』を大陸の外へと追い出した。
力を使い果たした主神アースは力の回復のため、大陸の復興を妻である光の女神『レミリア』に託し、4人の神々とともに精神の世界へと旅立っていった。
光の女神レミリアは大陸に緑を与え、自然を取り戻すことはできた。しかし、完全に元の楽園のような大陸にすることはできなかった。この大陸は元々、4人の神々によって支配されており、大陸の住人の間で争いが起きないよう、見張り続けてきた。だが、いまは女神レミリアのみが大陸を支配しているので、絶えずどこかで争いは起きていた。行き過ぎた争いは女神レミリアによって防がれてきたが、やがて大陸の住人は国を作るようになり、大陸はいくつもの国に分かれていった。
分かれては1つになり、生まれては消えてゆく。その繰り返しを何千年も行い、大陸の情勢は今に至ったのであった。
――――王立学園古代歴史学准教授、レイン・クリミナス
アークランド王国リーネンブルク侯爵領――――
イスに腰掛けた1人の女性が色とりどりの花が咲き乱れる庭園の中、今まで読んでいた羊皮紙を傍らの小テーブルに置き、右手で軽く目頭を揉んだ。年齢は70代と思われるこの女性の顔はとても白く、この場合、色白の白ではなく病的な白を指し、無数の皺が刻まれていた。頭髪は『水の民』の象徴である青色であるが、色は薄く、春の日差しを受けて所々白く光る髪が混じっている。
「イリーナ様、そろそろお屋敷の中へお戻りください」
「えぇ、そうね、少し疲れたわ。リン、私の部屋にレーム茶を持って来てくれる」
「かしこまりました」
そう言うと、赤猫族の獣人召使いのリンは己の主の手を取り、主の杖代わりとなった。
イリーナ・ウィル・リーネンブルク・ヴェルハイム
それがリンの主の名前であり、同時にリーネンブルク侯爵家の当主の名前でもあった。イリーナの夫は彼女が息子を生んだ後に不治の病で死別しており、息子と息子の妻も一人娘を残し、戦死していった。残された一人娘、イリーナにとっての孫娘は王立学園にて水霊術を学んでいるため、現在この屋敷で暮らしているのはイリーナとリン、そしてリンの妹で召使いのネルであった。
リンはイリーナの手を取りながら尋ねた。
「先ほどは何を読まれていたのですか?」
「学園で教鞭をとっている教え子の手紙よ。歴史の研究をしている人で、世界創造についての見解を手紙で送ってくれたの」
「それで、どうでしたか」
「そうね、見方に関しては私も同じなのだけど、教国のことを考えるとこれを世に出すには時期が悪いわね」
教国とは『ウェルステリア教国』のことを指し、四大霊神と光の女神レミリアを信仰する『ウェルセーヌ教』の総本山であり、エルムバルト大陸において最も信者の多い国である。教国は光の女神レミリアに加護された『光の民』を中心に政を進めており、四大霊神の信仰もあるが、光の女神レミリアの影響力の方が断然高い。レインの手紙は取り方によっては光の女神レミリアは人を支配する力がないともとらえることができる。現在の王国の情勢のことを考えれば、教国との間で問題を起こしている余裕はないのである。
エルムバルト大陸は、北部大陸、中部大陸、南部大陸の3つに分けることができ、アークランド王国やウェルステリア教国などの人間種の国は中部にあり、北部にはエルフ種の国が、南部には獣人種の集落が存在していた。アークランド王国は中部大陸の南東部に位置し、東は『セイレーンの海』に接し、南は森林が広がっているが、その先には荒野があり、さらにその先には『ラウド・バゴ砂漠』という中部大陸と南部大陸を隔てる巨大な砂漠がある。西はウェルステリア教国に、北西は1000年前にエルムバルト大陸を統一した『メルティアナ帝国』、北は10年前にメルティアナ帝国から独立した新興国家『サルナーダ王国』と接している。
アークランド王国はサルナーダ王国と同盟を結び、メルティアナ帝国と戦争をしてきたが、3年前にウェルステリア教国が仲介役となって、両者の間で期限付きの不戦協定が結ばれることとなった。条約締結の要因となったのは3か国の国力低下であった。再び大陸統一を目指しているメルティアナ帝国は北のエルフの国とも長い間戦いを繰り広げており、3か国を相手にして戦うには、人も金も不足しつつあったのだ。大陸最強の国の誇りとして休戦を言い出せなったメルティアナ帝国は、ウェルステリア教国に密使を送り仲介役を頼んだ。ウェルステリア教国は自身の権力を世に示し、また帝国に借りを作ることができると考え、同盟王国軍側に使者を送り停戦を求めた。アークランド王国及びサルナーダ王国も長期の戦いに国は疲弊しきっており、ウェルステリア教国の求めに応じ停戦、翌年ウェルステリア教国聖都『ルーンバード』にて3か国の間で休戦協定が結ばれた。『ルーンバード休戦協定』である。これを機に3か国は富国強兵を目指して国政に力を入れようとしていた。
しかし、女神レミリアはどの国にも微笑まなかった。
休戦協定が結ばれた年、大陸は前代未聞の日照りの害にあっていた。川や湖は枯れ、麦や野菜を育てることができず、国全体で食料不足、水不足が続いた。また、先の戦いの逃亡兵や敗残兵が賊となって辺境の村々を荒し回り、男たちを殺し、若い女を攫い、食糧や金目の物を奪い尽くすと村を焼き払っていった。災いはそれだけに収まらなかった。階層において底辺にあたる『平民』たちが蜂起したのだ。彼らは『平民解放軍』と名乗り、各地の領主館や小さな砦を襲った。特に兵力不足の著しいアークランド王国では平民解放軍に敗れる領主まで現れ、彼らの勢いは勝利を重ねるごとに増していった。今では王国軍も各地で平民解放軍に対し勝利をおさめ、彼らの勢力は弱まりつつあるが、その存在が消えることはなく、王国の脅威となっていた。
王国は現在そういう状況下におかれ、これ以上問題を増やすことはできないのである。
「レインだけではなく、他の教え子たちもそう。みんなこの国をよい方向へ導く知識や技術を考えてくれているのに、私は何の力にもなってあげることができないなんてね……」
侯爵の飾りをつけているのにね、と悲しそうに呟く自分の主の姿にリンは心苦しくなった。しかし、イリーナはすぐに笑顔になってリンに尋ねた。
「こういう時こそあの子の笑顔を見て元気になりたいわね。ネルは今どこにいるのかしら?」
「ネルには今、裏庭の掃除をさせていますが、もうすぐ終わるはずだと……」
そう言い終わらない内に、前方から赤いツインテールの髪を揺らしながら獣人召使いのネルが駆けて来た。
「イリーナ様! イリーナ様! 大変です!」
「あらあら、いったいどうしたの?」
「ひ、ヒトが裏庭で倒れていて、それで、血が出てるんです」
「それは大変ね、すぐに案内してちょうだい」
「イリーナ様、危険です。ここは私とネルだけでいきますのでイリーナ様はお屋敷の中へお戻りください」
「いいえ、リン。私は領主であると同時に医者でもあるのよ、怪我を負っているヒトを見過ごすわけにはいかないわ」
「しかし……」
リンはここ最近、このお屋敷がある『リトルベルク』の近くで賊らしき者を見たという噂を聞いており、安全のために主に屋敷へ戻ってもらおうとしたが、ネルの言葉に遮られてしまった。
「それで、もっと大変なことが……」
「あら、まだ何かあるの?」
イリーナが尋ねると、ネルは息を整えて答えた。その言葉にリンはもちろん、イリーナも驚きのあまり、しばらく動くことが出来なかった。
髪が黒色なんです、と―――
――――『黒之戦記』の舞台幕は、アークランド王国の辺境領で開かれるのであった。