第9章 叩き割るしかない時がある
遺跡の中へ足を踏み入れた瞬間、外で感じていた重さが一段深くなり、空気が粘つくように肌へまとわりついたが、その違和感を不快として切り捨てる事なく、情報として受け取りながら呼吸を整え、剣を構え、足裏から伝わる地面の感触を確かめていた。
こういう場所では、迷いや躊躇が最初に奪われる力になると分かっているため、意識的に視線を上げ、奥へ続く通路の形と天井の高さ、魔力の滞留箇所を一つずつ拾い上げるように進んだ。
最初に現れた魔物は、単独で、警戒も薄く、こちらの存在に気づいた瞬間に威嚇の声を上げたが、その動きは鈍く、遺跡の影響を受けて理性が削られているのが明らかだった。
間合いを詰め、剣に魔力を乗せ、正面から斬り伏せたが、その一撃に技は要らず、躊躇なく踏み込めるかどうかだけが結果を分けた。
倒した直後、奥から複数の気配が動いた。
数が増えている。
昨日の判断は間違っていなかった。
その場で立ち止まらず、あえて音を立てて進んだ。
隠れて一体ずつ処理するより、集まったところをまとめて叩く方が、この遺跡では有効だと、空気の流れと魔力の反応から読み取れたからだ。
◇
通路が広がった場所で、魔物たちは一斉に姿を現した。
群れとしての統制は取れていないが、数に頼った突進は、この場所に足を踏み入れた者を押し潰してきたのだろうと想像できる。
「来るなら来い」
声に出したのは挑発ではなく、間合いを詰めるためだった。
前に出た。
後退という選択を切り捨てたのは、背後に退路があっても、それを使えば次の一歩が遅れると分かっているからだ。
魔法を放ち、動きを止め、剣で断つ。
その一連の動作は、婚約中に抑え込まれていた時間が嘘のように身体へ馴染み、考える前に次の動きへ繋がった。
魔物の数が減るにつれ、空気の重さがわずかに薄れたが、その変化は完全ではなく、遺跡の奥に、まだ核となる存在が残っている事を示していた。
◇
最奥へ続く広間に踏み込んだ時、一瞬だけ足を止めた。
そこにいたのは、単なる魔物ではなく、遺跡に巣食い、周囲へ影響を及ぼす存在で、動きは遅いが、周囲の空気を歪め、近づく者の判断を鈍らせる力を持っていると直感した。
だからこそ、考え続けてはいけない。
迷いが生まれる前に、動く。
魔力を一気に解放し、広間の中央へ踏み込み、剣を振るった。
力任せではあるが、狙いは明確で、核となる部分を破壊すれば、周囲への影響は消える。
魔物は悲鳴のような音を発し、空気が揺れたが、その揺らぎに飲まれる前に、距離を詰め、二撃目を叩き込んだ。
床が割れ、魔力が弾け、遺跡全体が軋む音を立てた瞬間、重さが嘘のように消え去った。
◇
外へ出た時、空気は驚くほど軽く、深く息を吸った。
入口付近で待っていたカイがこちらへ駆け寄ってきたのは、魔力の変化を感じ取ったからだろう。
「終わったのか」
その問いに、頷いた。
「もう、外へは出てこない」
そう告げると、彼はしばらく言葉を失い、それからようやく息を吐いた。
遺跡を振り返る彼の横顔には、安堵と、そして別の感情が混じっていた。
それは、この土地が守られた事への喜びと同時に、私がここに留まらないと理解した時に生じる、静かな焦りだ。
「無茶をしたな」
そう言いながらも、責める調子ではなかった。
「必要だった」
それだけで十分だった。
カイは私を見つめ、何かを言いかけて、結局、言葉を飲み込んだ。
代わりに、遺跡から街へ続く道を指差した。
「戻ろう。報告が必要だ」
その言葉に、頷いた。
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