第7章 依頼は単純だが、土地は素直じゃない
冒険者ギルドを出て街道に戻った、背後を歩く青年の足音を聞きながら、この土地の厄介さが依頼書の文面よりも空気に滲んでいる事を感じ取っていた。
討伐対象は魔物、場所は遺跡周辺、内容だけを見ればよくある依頼だが、それでも放置されているという事実は、正面から叩けば終わる話ではない何かが潜んでいると示している。
「この辺りの遺跡は、昔から人が深入りしない場所だ」
青年がそう口にしたのは、私が地形を確認するために立ち止まった直後で、遺跡の方角を指し示す仕草に迷いがなかった。
「理由は?」
問いかけると、彼は少し間を置いてから答えたが、その沈黙には言葉を選ぶ慎重さよりも、どう説明すれば伝わるかを探る気配があった。
「近づくほど、動きが鈍る人が多い。足を取られるわけでも、魔法を妨害されるわけでもないのに、引き返したくなる」
その説明を聞いた瞬間、遺跡が単なる巣ではなく、周囲の人間に影響を与える性質を持っていると理解した。
それなら、迷っている間に飲み込まれる。
迷わなければいい。
歩みを止めず、むしろ速度を上げた。
青年がそれに合わせて歩調を変えたのは、置いていかれまいとしたのではなく、進むと決めたからだと分かった。
◇
遺跡が視界に入る頃には、周囲の空気が重くなり、草木の色がくすんで見え始めたが、それでも足が止まらなかったのは、身体が警戒と同時に昂りを覚えていたからだ。
抑え込まれていた感覚が戻ると、危険は恐怖ではなく情報として処理できる。
「ここから先は、俺もあまり近づかない」
青年がそう言った位置で、立ち止まり、周囲を見渡した。
「なら、ここで待て」
そう言ったのは、彼を危険に巻き込まないためではなく、役割を分けた方が効率がいいと判断したからだ。
遺跡の入口付近には、明らかに魔物が通った痕跡が残っており、地面には爪痕と血の跡が混じっていた。
新しい。
それも、一体や二体ではない。
剣を抜き、魔力を流しながら、奥へ進む準備を整えた。
この動きに躊躇がない事が、青年の視線を強く引いたのは、彼がこれまで見てきた冒険者たちが、必ず一度は立ち止まり、引き返す理由を探していたからだろう。
「戻らないのか」
問いかけに、肩越しに振り返った。
「止める理由がない」
そう答えた瞬間、彼は小さく息を吐き、何かを諦めたように、しかし納得した顔をした。
◇
遺跡の外周を回りながら、魔物の動線を確認し、出口が複数ある事、そして外に出てくる数が増えている事を把握した。
つまり、巣の内部に変化が起きている。
変化が進めば、討伐の難易度は跳ね上がる。
青年は少し離れた位置で、私の動きを追いながら、魔物が現れた方向や時間帯を正確に伝えてきた。
それは、恐怖で曖昧になった情報ではなく、生活を脅かされ続けた人間が積み重ねてきた現実だった。
「ここで暮らしているのか」
私がそう尋ねると、彼は頷いた。
「逃げる選択もあったが、残った」
その言葉に、妙な共感を覚えた。
逃げなかったのではなく、残る事を選んだという点が、私自身の選択と重なったからだ。
彼がこの土地を離れないのは、義務感ではなく、守ると決めたからだと分かった。
だからこそ、彼は私に期待し、同時に、私が去る存在である事も理解している。
◇
日が傾き始めた頃、今日の調査をここまでと決めた。
理由は単純で、遺跡内部に踏み込むなら、万全な状態で正面から叩く方が確実だからだ。
「明日、奥へ入る」
そう告げると、青年は一瞬だけ言葉を探し、それから静かに頷いた。
「手伝える事があれば言ってくれ」
その申し出に、首を横に振った。
「十分だ。ここで待ち、逃げ道を確保してくれ」
彼がその役割を受け入れたのは、私が無理をしないと判断したからではなく、私が迷わないと理解したからだ。
夜の帳が降りる中、遺跡を背に街へ戻りながら、久しぶりに、身体と選択が噛み合っている感覚を味わっていた。
王太子の婚約者として生きていた頃には得られなかった、前に進むための手応えが、確かにここにあった。
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