第66章 石の奥で息が合わない
墓所の中へ足を踏み入れた瞬間、外とは別の世界に切り替わった感覚が、足首から背中へと一気に駆け上がった。
光は乏しいが闇ではない。壁に刻まれた紋様が、淡く残光を返し、そのせいで奥行きが掴みにくく、距離感が曖昧になる。
床の石は均されているが、わずかな凹凸があり、長い年月がここを踏み続けてきたものの重みを、足裏を通して伝えてくる。
剣を抜き、魔力を低く巡らせる。
強く流しすぎると反応が返ってきそうで、弱すぎればこちらが見落とす。
感覚を研ぎ澄ませるというより、身体の調子を墓所の空気に合わせるような感触だった。
一歩進むごとに、胸の奥に引っかかっていた違和感が、形を持たないまま増えていく。
敵意ではない。
殺意でもない。
それでも歓迎されていないことだけは、はっきりと分かる。
通路の壁に手を当てると、石は冷たいが、嫌な粘りはない。
墓所が荒らされていないことが、逆に気にかかった。
不死者が出る場所なら、骨や棺が乱れているはずだし、魔物が入り込めば、爪痕や破壊の跡が残る。
だがここには、それがない。
進んだ先で、床に刻まれた紋がわずかに歪んでいる場所を見つけた。
踏み込むと、足首に重さがまとわりつく感覚が走る。
反射的に剣を振り下ろし、歪みの中心を叩き割ると、石が砕け、空気が一気に軽くなった。
罠だ。
だが殺すためのものではない。
足を止め、引き返させるための仕掛けだと、身体が理解する。
抑え込まれていた頃なら、立ち止まり、考え、正解を探していたかもしれない。
今は違う。
動けるなら、前に進む。
通路は途中で枝分かれしていた。
左は整然と整えられ、右は壁の一部が崩れかけている。
整っている方に、より強い違和感がある。
本能がそう告げていた。
左へ向かう。
数歩進んだところで、空気が一段階重くなる。
重圧ではないが、胸の奥を押さえつけるような感触が増し、呼吸のたびに、何かを思い出させようとする。
過去の光景が、断片的に浮かぶ。
剣を置けと言われた日。
動くなと制され、選ぶ余地を奪われた時間。
それらが言葉ではなく、感覚として迫ってくる。
歯を食いしばり、足を止めずに進む。
この場所が試しているのは、力ではない。
留まるか、進むか、その選択そのものだ。
通路の先で、小さな広間に出た。
中央には、祭壇の名残のような石台があり、その上に何も載っていない。
空っぽなのに、視線がそこに引き寄せられる。
魔力が、そこを中心に滞っている。
濁ってはいない。
だが、循環していない。
剣を構え、魔力を高めると、石台の周囲に、歪んだ波のようなものが浮かび上がった。
姿を持たないそれは、攻撃を仕掛けてこない。
ただ、近づくほど、胸の奥が重くなる。
試しに、魔法を一発叩き込む。
空気が弾け、歪みが散る。
だが、すぐに元に戻る。
壊せない。
正確には、壊しても意味がない。
剣を下ろし、距離を詰める。
石台の縁に触れた瞬間、指先から感情が流れ込んできた。
怒りでも、憎しみでもない。
焦りと、置き去りにされた感覚。
誰かが、ここで何かを待ち続けている。
身体ではなく、思いだけを残して。
不死者ではない理由が、はっきりと分かった。
命にしがみついているわけではない。
終われなかっただけだ。
剣を握る手に、力が戻る。
ここでやるべきことは、見えてきた。
この場は、まだ終わらせない。
だが、放っておくわけにもいかない。
石台から手を離し、広間を見渡す。
この墓所全体が、同じ感覚で満たされているなら、中心はここだ。
次に進むべき場所は、さらに奥だと、身体が告げている。
踵を返し、崩れかけた右の通路へ向かう。
そこには、まだ手を付けていない何かがある。
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