第65章 墓所の町で足が止まる
石畳の感触が靴底を通して伝わってきた瞬間、胸の奥で何かが引っかかり、前に出していた足が半歩だけ遅れたのは、王国アルセリオの周縁にあるこの町の空気が、かつて身にまとっていたものと似ていたからだと思う。
旅装のまま門を抜け、視線を上げると、町の建物はどれも低く、空がやけに広く見え、その分だけ人の気配が濃く、こちらを測るような視線が肌に当たってくる感覚がはっきりと分かった。
剣の柄に触れる指に力が入る。
貴族の家名も、王太子の元婚約者という肩書も、今は背負っていないはずなのに、王家という言葉がこの土地に影を落としているだけで、身体が勝手に昔の癖を思い出そうとするのが腹立たしかった。
酒場は町の中央にあり、扉を押し開けた途端、熱気と匂いと声が一斉に流れ込んでくる。
冒険者、商人、地元の者が入り混じり、視線が一瞬だけこちらに集まり、すぐに各々の話へ戻っていくのが分かったが、その短い間に、値踏みと警戒と好奇心が混ざった感情が、はっきりと空気に浮かんでいた。
剣と魔法の両方を扱う装備は目立つ。それでも引く気はない。旅の途中である以上、情報は自分から取りに行く。
カウンターに肘をつき、酒ではなく水を頼むと、隣にいた男が声をかけてきた。
「冒険者だな。今、この町で動けるやつは貴重だ」
短い言葉だったが、その裏にある切迫感が、こちらの背筋をなぞるように伝わってくる。
男は王家の墓所で異変が起きていると話した。正規の兵が入れない場所であり、誰もが様子見を続けた結果、状況が悪化しているらしい。
王家の墓所。
その言葉を聞いた瞬間、胸の内側で、昔押し込めていた感覚が擦れ合う音がした。
令嬢らしくあれと繰り返され、剣を握る時間を削られ、感情よりも立ち振る舞いを優先させられていた頃の記憶が、望んでもいないのに浮かび上がる。
だが今は違う。
抑え込まれていた力は、すでに身体に馴染み直しているし、選択を誰かに委ねる必要もない。
「内容は何なのかしら?」
短く聞くと、男は少し驚いた顔をしてから、墓所の奥で何かが荒れているわけではないのに、近づく者の具合が悪くなる、動物が寄りつかなくなる、といった話を続けた。
不死者の兆候はない。魔物の痕跡も薄い。それでも異変は続いている。
話を聞くほどに、胸の奥に溜まっていたざらつきが、少しずつ別の形に変わっていくのが分かった。
面倒な理屈はいらない。
危険があり、誰も踏み込めず、放置すれば広がる。それだけで十分だった。
「引き受けるわ」
そう告げた時、周囲の空気がわずかに動いたのを感じた。
誰かが止めるわけでも、条件を積み上げるわけでもない。ただ、その場にいた者たちが、決まったこととして受け取ったのが伝わってくる。
酒場を出ると、外の空気は冷たく、肺の奥まで入り込んできた。
◇
墓所は町から少し離れた丘の上にあり、王家の紋が刻まれた石壁が、遠くからでも分かるほどはっきりと見える。
歩きながら、剣の重みと、魔力の流れを確認する。婚約中に抑え込まれていた感覚が、今は妨げなく巡っているのが分かり、思わず口元が緩みそうになるのを堪えた。
王家に関わる場所であろうと、冒険者として動く以上、やることは変わらない。
足を運び、状況を確かめ、必要なら叩き割る。
それだけだ。
◇
丘の途中で、墓所を守るために立てられた簡易の柵が見えた。
誰かが近づかないようにした形跡はあるが、長く手入れされていないのが一目で分かる。
柵を越えた瞬間、空気の質が変わった。重さではない。圧でもない。ただ、胸の奥を撫でるような違和感が、一定の間隔で伝わってくる。
剣に手をかけ、魔力を巡らせながら進む。
恐怖ではない。警戒でもない。
むしろ、確かめなければならないという衝動に近かった。
墓所の扉は閉じられていたが、封印が施されている様子はない。
押せば開く。
その単純さが、かえってこの場所の異常を物語っている気がした。
深く息を吸い、扉に手をかける。
ここから先は、過去でも、肩書でもない。
選ぶのは、今の自分だ。
扉が軋みを上げて開き、内部の闇が視界に広がった瞬間、胸の内に溜まっていたものが、はっきりとした形を取る。
この仕事は、ただの調査では終わらない。
そう直感しながら、足を踏み出した。
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