第62章 似合いすぎる即席聖女
村の中央にある広場へ案内された私は、簡素とはいえ普段の旅装とはまるで違う白い衣を身にまとい、腰の剣を預けた状態で立たされていたのだが、冷静に考えれば考えるほど状況は奇妙で、つい数刻前まで血と泥にまみれてトロールと殴り合っていた自分と、今こうして清めの水だの祝詞だのを前にしている自分とが、どう考えても同一人物だとは思えず、内心では早く終われとしか考えていなかった。
「聖女様、こちらへ」
村長にそう呼ばれた瞬間、思わず眉をひそめ、「だからその呼び方はやめてって言ってるでしょう」と言い返したのだが、周囲の村人たちはそれを慎み深さだと受け取ったらしく、むしろ感嘆のため息まで漏らす始末で、もう訂正する気力すら失せてしまった。
◇
広場の中央には石を積み上げただけの簡易な祭壇が用意され、その前に立つと、村人たちが一斉に静まり返り、期待と不安が入り混じった視線がこちらに集中するのを、嫌というほど感じさせられる。
「……ねえ、これ、本当に必要?」
小声で村長にそう問いかけると、彼は深刻な表情で頷き、「聖女様が祈りを捧げてくだされば、きっとこの地は清められ、もうあの化け物は現れません」と断言するものだから、思わず天を仰いだ。
「はあ……分かったわ、やるだけやる」
どうせ形だけのものだし、ここで剣を振るうわけにもいかない以上、さっさと終わらせて旅立つのが一番だと、自分に言い聞かせるしかなかった。
◇
水を振り、意味の分からない言葉をそれらしく並べ、地面に触れて目を閉じるという一連の動作を、半ば惰性でこなしていたのだが、村人たちはその一つ一つに息を呑み、まるで奇跡の瞬間を見逃すまいとするかのように身を乗り出してくる。
「……これで、いい?」
最後にそう問いかけた瞬間、広場の端から、堪えきれない笑い声が聞こえてきた。
「くっ……ははっ、悪い悪い、だがこれは反則だろ」
その声を聞いた途端、胸の奥がぎゅっと掴まれたような感覚に襲われ、反射的にそちらを振り向いた。
「……エドガル?」
そこに立っていたのは、見間違えようもない、かつて同じ場所で剣を振り、同じ師のもとで汗を流した男で、冒険の途中で一度再会している。
相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべて、私を指差している。
「お似合いだぜ、その格好」
「……うるさい!」
顔が熱くなるのを自覚した瞬間、思わずそう叫んでいた。
◇
「いやあ、まさか偶然の再会二発目がこれとは思わなかった」
儀式が終わった後、村人たちに囲まれている状況から半ば強引に抜け出し、広場の裏手へとエドガルを引っ張ってきた、白い衣の裾を踏みそうになりながら、睨みつけるように彼を見上げた。
「笑うなって言ったでしょう、こんな姿、見せるつもりじゃなかったのに」
「そう怒るなって、聖女様」
「それ以上言ったら本気で殴る」
そう言うと、エドガルは肩をすくめ、「はいはい、怖い怖い」と軽く受け流しながらも、その目は昔と同じように楽しそうで、懐かしさと居心地の悪さが同時に胸に広がる。
「しかし、お前がこんな所で、しかも聖女扱いとはな」
「誤解よ、完全に」
「だろうな、剣がない時点で分かった」
そう言って笑う彼を見て、ため息をつき、「あんた、相変わらず余計な事ばかり言うわね」と返したが、そのやり取りがどこか懐かしく、少しだけ心が緩んでしまった。
◇
短い再会の中で、互いに細かい事情を説明する事はなかったが、それでも言葉を交わすだけで、昔と変わらない距離感が戻ってくるのが不思議で、同時に、長く一緒にいるべきではないとも直感していた。
「終わったらすぐに出るつもりだから」
そう告げると、エドガルは少しだけ真面目な顔になり、「そりゃそうだな、お前は立ち止まるタイプじゃない」と頷いた。
その言葉に、私は何も返さなかったが、胸の奥で静かに肯定していた。
村人たちの気配が遠のき、広場の喧騒が背後に薄れていくにつれ、ようやく肩の力を抜き、白い衣の袖を握りしめながら小さく息を吐いたが、その息に混じるのは安堵よりも、説明のつかない居心地の悪さで、胸の奥に残ったそれを振り払うように、私は何も言わずに歩き出した。
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