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第61章 聖女様扱いはご勘弁を

 森を抜けて村の外れが見えた時、正直なところ、ここまで歩いてこられただけで上出来だと思っていたし、身体のあちこちが悲鳴を上げている感覚をごまかすように背筋を伸ばしながら、「倒れ込むなら人目につかない所がいいわね」などと、冗談とも本気ともつかない独り言を口にしていたのだから、門番代わりに立っていた老人がこちらを見つけ、目を見開いて駆け寄ってきた時には、少しだけ面食らった。


「お、お嬢さん! その格好、その傷……まさか、森の方から来たのか!」


「ええ、まあ、道がそこしかなかったから」


 曖昧に返した私の言葉など、ほとんど耳に入っていない様子で、老人は私の腕や剣に付いた血の跡を見て、震える声で何度も頷きながら、「やはり……やはりそうだったか」と、まるで答え合わせでもするように呟いた。



 村の中に通されると、その反応はさらに大げさになり、家々の扉から顔を出した村人たちが私を見るなり、息を呑んだり、ひそひそと囁き合ったりし始めたが、その視線に含まれているのが警戒ではなく、畏れに近いものだと気付いた時、嫌な予感しかしなかった。


「ねえ、ちょっと待って、その目は何?」


 思わずそう声を上げると、若い女性が一歩前に出て、私の手を両手で包み込むように握りしめながら、「ありがとうございます……ありがとうございます、聖女様」と、涙ぐんだ声でそう言ったのだから、頭の中が一瞬、真っ白になった。


「……今、なんて?」


「聖女様でしょう? だって、あのトロールをお一人で……!」


 その言葉を合図にしたかのように、周囲の村人たちが一斉にざわめき、誰かが「やはり噂は本当だったんだ」と言い、別の誰かが「神は見捨てていなかった」と声を震わせる。


「違う違う違う、ちょっと待ちなさい、私は剣を持った冒険者で――」


 慌てて否定しようとした私の声は、次々に被せられる感謝や称賛の言葉にかき消され、いつの間にか「照れておられるのだ」「聖女様は慎ましいお方だ」という、訳の分からない方向に解釈されていった。



「落ち着いて、お願いだから話を聞いて」


 村長の家らしき場所に案内され、腰を下ろした私は、両手で額を押さえながらそう言ったが、正面に座る村長は、神妙な顔で何度も頷きつつ、「はいはい、もちろんですとも、聖女様」と返してくるので、内心で深くため息をついた。


「だから、その呼び方をやめて」


「しかしですね、この村では、トロールのような災厄は、聖女様の浄化の力によってのみ完全に断たれると、昔から言い伝えられておりまして」


「浄化なんてしていないし、ただ斬って、叩いて、倒しただけよ」


 正直にそう言ったつもりだったのだが、村長は目を輝かせ、「ほら、やはり謙虚なお方だ」と感極まったように言うばかりで、話がまるで通じない。


 話を聞くうちに分かってきたのは、村人たちが恐れているのは、倒したトロールそのものよりも、「また現れるのではないか」という不安であり、その不安を鎮めるために必要なのが、彼らの言うところの「聖女の儀式」だということだった。


「儀式って、具体的には何をするの?」


「聖女様が祈りを捧げ、地を清め、水を祝福し……」


「はいはい、もう分かった、だいたい想像はつくわ」


 剣を振るう方がよほど現実的だと思いながらも、ここで頭ごなしに否定すれば、彼らの不安は余計に大きくなるだろうという事実だけは、嫌でも理解できた。



「……分かったわ、やるだけやってみる」


 そう言った瞬間、村長と村人たちの顔がぱっと明るくなり、誰かが「やはりお受けくださった」と涙を流し、別の誰かが地面に膝をついた。


「勘違いしないで、私は聖女じゃないし、こんなのは迷信だと思ってる」


 念を押すように言ったが、「ええ、ええ、もちろんですとも」と、またしても都合よく受け取られてしまう。


 その後、剣を預けるよう頼まれ、白い布のような衣を用意され、「儀式の間は、その……聖女様らしく」と言われた時には、思わず眉をひそめたが、今さら引き返すのも面倒で、深く考えるのはやめた。


「終わったら、すぐ出ていくから」


 そう言った私の言葉に、村長は深く頭を下げ、「どうか、この村をお救いください」と言ったが、その必死さを前にすると、これ以上、強く突き放すこともできなかった。



 こうして、剣士としての立場を隠したまま、即席の「聖女役」を引き受けることになり、身体の痛みと違和感を抱えつつも、村人たちの不安を鎮めるためだけに、その儀式とやらに臨む事になったのだが、この時点では、この場に思いもよらない人物が現れるなど、考えてもいなかった。

よろしければ何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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