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第6章 私は王太子の元婚約者で、今は冒険者だ

 私はリュシア・エーベルハルト。王国アルセリオにおいて伯爵家に生まれ、かつては王太子の婚約者という肩書きを持ち、今は冒険者として各地を歩いている女だと、最初に名乗っておかないと話がややこしくなるので、ここではっきりさせておく。

 王太子の婚約者だった頃は、社交界で微笑みを求められ、言葉を選び、動きを制限され、剣も魔法も「たしなみ」として扱われる立場に置かれていたが、その扱いに納得できた記憶は一度もなく、むしろ身体の奥に溜まっていく違和感を見ないふりを続けていた。


 今、その違和感は完全に消えている。

 なぜなら街道の真ん中を、剣を背に、魔力を抑えもせず、行き先も定めず歩いているからだ。


 王国アルセリオでは、王太子の婚約破棄は政治的失策として扱われるより先に、令嬢側の問題として記録される事が多く、私も例外ではなかった。

 何が問題だったのかと問われれば、答えは単純で、従順ではなかったし、静かでもなかったし、用意された立場に収まる気もなかった、ただそれだけの話なのだが、そうした性質は記録には残らず、都合の良い文言に書き換えられる。


 結果として、王宮を出た。

 出る事を選んだのは、あの場所に留まれば、剣を握る理由すら失うと理解したからだ。



 地方都市グラントゥールの城門が見えた時、私はようやく足を止めた。

 予定では通過するだけのはずだったが、街道脇で立ち往生していた商人たちの様子が妙に騒がしく、荷車の一部が壊され、護衛の数が足りていない事が一目で分かったため、そのまま無視して歩き去る選択肢が消えた。


「おい、あんた冒険者か?」

 そう声をかけられたのは、商隊の年配の男で、剣を背負った私を見て、藁にも縋るつもりで話しかけてきたのだと分かったので、足を止めて振り向いた。


「そう見えるなら、その通りだ」

 短く答えたが、周囲の視線が一斉に集まったのは、剣の位置や立ち方から、私が見習いではないと判断されたからだろう。


 話を聞けば、城門からそう遠くない場所で魔物に襲われ、護衛が散り、商品を守るために街へ引き返す途中だという。

 被害の内容は軽くなく、しかも近くに遺跡があると聞いた瞬間、頭の中で状況を組み立て、街に入らずに立ち去るという選択を捨てた。


 放置すれば、被害は拡大する。

 拡大すれば、冒険者ギルドが動く。

 動くなら、私が先に叩いた方が早い。


 そう考えた私は、商人たちに最低限の確認を済ませると、そのまま城門へ向かった。



 グラントゥールの冒険者ギルドは、地方都市にしては規模が大きく、掲示板には討伐依頼がぎっしり貼られていたが、その中で目についたのは、剥がされずに残っている一枚だった。

 遺跡周辺の魔物討伐。

 報酬は相場より高い。

 それでいて、完了報告がない。


「誰も受けなかったのか、それとも戻らなかったのか」

 独り言に近い呟きを落とした瞬間、背後から声が返ってきた。


「受けた人はいる。でも、続かない」

 振り向くと、そこに立っていたのは、私より少し年下に見える青年で、冒険者の装備ではないが、遺跡の土埃が染みついた服を着ていた。


 彼はこの土地の人間で、遺跡の近くで暮らしている事、被害が出るたびに街と遺跡を往復している事を、隠さず話した。

 私が興味を持ったのは、その内容ではなく、危険を語る口調に逃げ腰がなかったからだ。


「止めたいなら、様子見じゃ足りない」

 そう言うと、彼は少し驚いた顔をしたが、否定はしなかった。


 私が依頼書を剥がしたのは、彼の案内があれば、無駄な遠回りをせずに核心へ辿り着けると判断したからだ。

 彼が私に同行を申し出たのは、私が貴族の身分を隠そうともせず、それでいて尻込みもしなかったからだと、後になって分かる。


 その時点では、ただ、話が早い相手だと感じただけだった。



 ギルドを出た後、街の外れへ向かいながら、背の剣に手を伸ばし、久しぶりに全力で振るえる感覚を確かめた。

 令嬢らしさを求められていた頃には許されなかった動きが、今は何の咎めもなく出来るという事実が、胸の奥を妙に軽くする。


 王太子の元婚約者である事実は消えない。

 だが、それに縛られ続ける必要もない。


 私は冒険者だ。

 剣を振るい、魔法を放ち、問題があるなら正面から叩く。


 そう決めて歩いているから、今ここにいる。

 それだけで十分だった。

よろしければ何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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