第59章 それでも剣を振る理由
決闘場を離れてしばらく歩いた後、背中に刺さるような視線が消え、街へ続く道がいつもの土の匂いを取り戻した頃になって、ようやく私は剣帯を緩め、深く息を吐き、身体の奥に溜まっていた緊張が少しずつ抜けていくのを感じていた。
◇
「待ってください」
背後から掛けられた声に足を止めると、若い貴族が一人で追い掛けてきており、鎧も付けず、剣も持たない姿は、この数日の間で見慣れた決闘前の彼とはまるで別人のように映り、振り返ってその顔を正面から見据えた。
「何だ、もう終わった話だ」
「終わったからこそ、話をさせてください」
彼はそう言って立ち止まり、視線を逸らす事なく私を見つめ、その目には迷いよりも、ようやく何かを掴んだ者の落ち着きがあり、私は小さく鼻で息を吐いてから腕を組んだ。
「言っておくが、慰めの言葉は用意していない」
「それで構いません、私は……あの時、あなたに教わった剣で相手を倒しながら、最後に止めてしまいました、それが間違いだったのか、今でもはっきりとは分かりません」
彼の言葉は途切れ途切れだったが、逃げる事なく続けられ、その様子を見ながら、即座に答えを返す事はせず、しばらく沈黙を置いた後で口を開いた。
◇
「決着をつけるには、時に勇気が要る」
その一言を告げると、彼の肩がわずかに揺れ、私は続けて言葉を重ねた。
「相手を倒す勇気も、終わらせる勇気もだ、お前は前者は持っていたが、後者を選ばなかった、それは弱さでも逃げでもない、ただ選択だ」
「……では、私は間違っていなかったのでしょうか」
「間違いかどうかは、これからお前が背負う事だ」
彼は唇を噛みしめ、視線を落としたが、すぐに顔を上げ、静かに頷いた。
「ただな」
一歩踏み出し、彼の前に立ってはっきりと告げた。
「お前が止めた剣の後始末を、他人に任せるな、街が荒れたのは、剣を止めた事そのものよりも、その先を見なかった連中がいたからだ、お前が優しい剣を選ぶなら、その分、前に立て」
彼は驚いたように目を見開き、それから深く頭を下げ、しばらく顔を上げられずにいた。
◇
「あなたは、どうしてそこまで割り切って剣を振れるのですか」
不意にそう問われ、少し考え、すぐに答えを探すのをやめ、空を仰いだ。
「割り切れてなんていない、だから迷わないように動く」
短くそう言い残し、踵を返して歩き出し、これ以上ここに留まれば、また余計な情が絡みつくと感じていた。
◇
街の門を抜けると、朝の光が道を照らし、旅人の姿がぽつぽつと見え始めており、私は一人になった事を確かめるように周囲を見回し、再び剣帯を締め直した。
「……それでいい。お前の優しさは好きだったよ」
誰に聞かせるでもなく呟き、次の目的地も決めぬまま歩き出し、貴族の争いでも決闘の代理でもない、自分自身の足で選んだ道を進む事を選び、剣を振る理由を胸の奥に残したまま、再び旅へ戻っていった。
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