第58章 代理決闘
夜が明けきらない時間帯、街の外れに設えられた決闘の場へ向かう道は静かすぎて、昨夜あれほど響いていた怒号や金属音が嘘のように消え去っており、私は剣帯の感触を確かめながら歩き、この静けさこそがこれから刃が交わる前触れだと、経験から嫌というほど理解していた。
◇
「本当に、あなたが立ってくださるのですね」
若い貴族は少し離れた位置を歩きながらそう問いかけてきたが、その声には昨日までの迷いが薄れ、代わりに覚悟に似た重さが滲んでおり、振り返らずに答えた。
「立つと決めた以上、途中で降りる気はない、ただし勘違いするな、これはお前の代わりだが、お前の剣じゃない、私の剣で決着をつける」
彼は一瞬言葉を詰まらせたが、やがて深く息を吸い、短く頷いた気配が背中越しに伝わり、それで十分だと判断して足を進めた。
◇
決闘場には最低限の立会人だけが集められており、両家の家臣も距離を取って配置され、昨夜の混乱を経て、これ以上街を割らないための緊張が場を包んでいたが、私の視線はすでに相手側の代理として立つ男に向いていた。
背丈は私より頭一つ分高く、肩幅も厚く、鎧の隙間から覗く筋肉の張りは、魔物討伐で名を上げた冒険者特有のものだと一目で分かり、剣を構える前から余裕を漂わせているその態度に、小さく息を吐いた。
「貴族同士の揉め事に、随分と腕の立ちそうなのを連れてきたものだな」
私の言葉に、男は口元だけで笑い、低い声で返してきた。
「仕事だ、どちらの言い分も知らん、立った相手を倒す、それだけだ。それに、お前も最近噂になっている女剣士だろう?相当な腕と聞いている。興も乗るというものだ」
「分かりやすくて助かる」
そう返しながら、剣を抜き、地面に刃先を軽く当てて感触を確かめ、身体の力を自然に落とし、真正面から相手を見る事に集中した。
◇
「始め」
合図と同時に、相手は一切の牽制もなく踏み込み、重量を乗せた一撃を振り下ろしてきたが、半歩だけずらしてそれをかわし、剣を打ち返す事なく距離を詰め、相手の懐へ潜り込む動きを選んだ。
「ちっ」
短く舌打ちする声と共に相手は後退し、すぐに体勢を立て直して横薙ぎを放ってくるが、その刃の軌道は素直すぎ、剣で受けるのではなく、身を沈めてかわし、肘で相手の腕を弾いて間合いを崩した。
次の瞬間、相手の拳が飛んできたが、それを肩で受け流し、体重を乗せた蹴りを相手の膝に叩き込み、鈍い音と共に相手の体勢が崩れるのを逃さなかった。
◇
「力はあるが、考えすぎだ」
私の言葉に、相手は歯を剥き出しにして笑い、すぐに剣を立て直して突きを繰り出し、その速さは確かに一級品だったが、正面から受けず、刃を逸らして流し、そのまま踏み込んで柄頭で顎を狙った。
しかし相手も伊達ではなく、直前で頭を引いてかわし、代わりに肩で体当たりを仕掛けてきて、後方へ数歩退かされ、地面に踵を取られそうになりながらも、すぐに体勢を整えて剣を構え直した。
「いい反応だ」
「そっちもな」
短い言葉を交わした直後、互いに同時に踏み込み、刃が正面からぶつかり合い、金属音が響く中で力比べになり、相手の腕力に押されながらも、真正面で受け続ける事はせず、わずかに角度を変えて力を逃がし、重心のずれを狙い続けた。
◇
一瞬の隙を突いて、相手の足元を払うように剣を走らせ、相手が反射的に防ごうとした瞬間、狙いを上に切り替え、鎧の隙間へ刃を滑り込ませ、浅いが確実な一撃を入れた。
「ぐっ……!」
相手は呻き声を上げながらも踏みとどまろうとしたが、その動きが鈍った一拍を見逃さず、全身の力を剣に乗せて打ち下ろし、相手の剣を弾き飛ばし、同時に足を掛けて地面に叩き伏せた。
すぐに距離を詰め、相手の喉元に剣先を突き付け、静かに息を整えながら、相手の目を真っ直ぐに見据えた。
「終わりだ」
相手は一瞬だけ悔しそうに唇を噛み、その後ゆっくりと目を閉じ、短く息を吐いて頷き、立会人の声が響いて決着が宣言され、場の緊張が一気に解けていくのを、剣を下ろしながら感じていた。
◇
決闘場を後にする際、若い貴族が駆け寄ってきたが、立ち止まらずに歩きながら言葉を投げた。
「これで終わりだ、街も、お前も、これ以上剣を振る必要はない」
「……ありがとうございます」
その声を背中で聞きながら、振り返らずに歩き続け、ここで役目は終わったのだと自分に言い聞かせ、この街に残る理由が消えた事をはっきりと自覚していた。
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