第52章 百の気配、逃げ道を作る
町を出てから半日ほど歩いた頃、草丈の高い丘の陰に身を潜めた私は、遠くに見える荒れた土地を指差しながら、「……あれ、想像してたより多くない?」と低く呟き、視界の先に点々と動く緑色の影を数えようとして、途中で無駄だと判断して数えるのをやめた。
「数えるな、意味がない」
背後から師匠の声が落ちてきて、小さく頷き、「少なく見積もっても、百近いわね」と感想を述べると、師匠は否定も肯定もせず、「だから簡単な依頼だ」とだけ言う。
「嫌味?」
「事実だ、強さではなく、状況で殺しに来る相手だ」
その言葉に、喉の奥がひりつくような感覚を覚えながらも、「逃げ道、正面、横、背後……全部塞がれる前に動く必要があるわね」と独り言のように整理し始める。
◇
ゴブリン達の集落は、壊れかけた木柵と簡素な掘りで囲まれ、統率があるとは言い難いが、数だけは無遠慮に増えており、私が一歩踏み出すだけで、全体がざわりと動くのが分かった。
「突っ込まないわよ、さすがに」
そう言うと、師匠は「ようやく学んだな」と一言だけ返し、私の肩を軽く叩いて後ろへ下がる。
「今回は、見てるだけ?」
「基本はな、死にそうなら止める、それ以上は期待するな」
その距離感が妙に心地よく、深く息を吸い、「生き残るために振る、だったわね」と口の中で繰り返しながら、魔法の詠唱を最短で組み上げ、集落の端に向かって放った。
◇
爆ぜるような音と共に、端にいたゴブリン達が吹き飛び、集落全体が一斉にこちらへ向き直った瞬間、踵を返して距離を取り、「追わせる、集めない」と自分に言い聞かせながら走り出す。
「ギャギャッ!」
耳障りな声が背後で重なり、木立の間へと誘導しながら、「狭い所なら、数は減る」と剣を抜き、追ってきた先頭の一体を切り伏せる。
すぐに立ち止まらず、倒した勢いのまま位置をずらし、魔法で足元を乱しながら、「一体倒して、場所を変える、それだけ」と淡々と動きを繰り返す。
◇
次第にゴブリン達の追撃は散漫になり、息を整えながら、「全部を相手にしない、相手にさせない」と心の中で反芻しつつ、木の根を踏み台にして高所へ移動し、下から伸びてくる手をまとめて弾き返す。
「……数が多いって、こういう事か」
思わず零れた言葉に、遠くから師匠の声が届く。
「止まるな、考え続けろ」
「分かってる!」
返事と同時に地面へ飛び降り、着地と同時に剣を振るい、魔法で視界を遮りながら、再び走る。
◇
戦いは長引き、腕と脚が重くなり始めた頃、ふと気付く、「……減ってる」と。
最初はただ必死に逃げ、削っていただけだったが、気付けば追ってくる数は半分以下になり、集落の奥では混乱が広がっているのが見えた。
「よし……ここからは」
息を整え、「まとめて終わらせない、最後まで順番を崩さない」と自分に言い聞かせながら、最後の一群を誘導し、魔法と剣を織り交ぜて一体ずつ確実に倒していく。
◇
最後の一体が倒れ、周囲が静まり返った時、その場に膝をつき、「……生きてる、ちゃんと」と息を切らしながら呟いた。
少し離れた場所から師匠が歩み寄り、「形にはなったな」と短く告げる。
「褒めてる?」
「事実を言っているだけだ」
その言葉に思わず笑い、「じゃあ、それで十分」と答え、立ち上がって剣を鞘に収めた。
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