第51章 簡単な依頼ほど、誤魔化しは利かない
翌朝、身体中に残る鈍い痛みを抱えたまま立ち上がり、「正直に言うけど、全身が文句を言ってる」とぼやきながら肩を回すと、師匠は火を落とした焚き火の跡を踏み消しつつ、「それで動けるなら問題ない、動けないなら昨日の内容を忘れたと思え」と相変わらず容赦のない言葉を返してくる。
「忘れる前提なのね」
「身に付いたものは忘れん、身に付いていないものは、いずれ邪魔になる」
その言い方が妙に納得できてしまい、反論を飲み込んで剣を腰に下げ、「で、今日はどうするの、まだ石を投げるなら先に言って」と半ば本気で身構える。
「今日は町へ戻る、机上の話より、動く理由が必要だ」
師匠はそう言って歩き出し、一拍遅れてその背を追い、「理由って、相変わらず回りくどい言い方するわね」と言いながらも、自然と足取りが軽くなっている自分に気付く。
◇
町に戻ると、冒険者ギルドは朝の時間帯らしく比較的静かで、扉を開けながら「昨日より視線が少ない」と感じつつ、受付へ向かう。
「昨日の依頼、完了の報告ね」
受付の女性は私を見るなりそう言い、血の落ちない染みが残る手袋を軽く掲げ、「問題なく終わったわ、廃屋ももう使い物にならないくらい片付いてる」と答える。
「相変わらず、報告があっさりしてるのね」
「長く話すほど、余計な事を聞かれそうだから」
そう返すと、受付の女性は小さく笑い、「じゃあ、次の依頼を勧めてもいいかしら」と言いながら掲示板に目を向ける。
◇
師匠は少し離れた場所で腕を組み、周囲を観察するように立っていて、私が視線を向けると、何も言わずに顎で続きを促してきた。
「ちょうどいい依頼があるわ、町から半日ほどの場所で、ゴブリンが増えてきてるみたいなの、危険度は低めだけど、数が多いって報告が入ってる」
その言葉を聞いた瞬間、昨日の教えが頭をよぎり、「数が多い、ね」と呟きながら、無意識に足の置き場を想像してしまう。
「簡単な依頼ほど、油断しがちだから気を付けて、単独でも受けられるけど、引き返す判断は早めに」
受付の女性の忠告に、軽く頷き、「分かってる、無理を通す気はない」と答えつつも、その言葉が以前とは違う重みを持っている事を自覚する。
◇
ギルドを出た後、師匠の方を振り返り、「どう思う?」と率直に聞くと、師匠は即答せず、少しだけ間を置いてから、「いい依頼だ、簡単だからこそ、誤魔化しが利かない」と言った。
「昨日教わった事を、そのまま試せって事?」
「試すな、使え、試すつもりなら危ない」
その一言に思わず苦笑し、「相変わらず、言い方が厳しい」と言いながらも、「でも、ちょうどいいかもしれない」と本音を漏らす。
「数が多い相手に、どう動くかを考え続けろ、考える癖を止めるな」
「分かった、逃げ道も含めて、全部ね」
私がそう答えると、師匠は満足そうに頷き、「なら準備をしろ、日が高くなる前に出る」と短く告げた。
◇
町を出る前、剣の柄に触れながら、「簡単な依頼だからこそ、全部が出る、誤魔化せない」と自分に言い聞かせ、「昨日までの私とは違う動きを、ちゃんと形にする」と心の中で繰り返す。
「緊張してるか」
師匠にそう聞かれ、一瞬考えてから、「してる、でも、悪い感じじゃない」と答える。
「それでいい、怖さが消えた時が一番危ない」
その言葉を背中で聞きながら町道を離れ、ゴブリンの報告があった方向へと足を向け、「さて、どこまで通用するか」と小さく息を吐いた。
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