第50章 剣を振る理由を、壊す
草の湿り気を踏みしめて師匠の前に立つと、師匠は十歩ほど離れた場所に立ち、「構えろ、準備はいらん」と短く告げる。
「準備くらいさせてくれてもいいじゃない」
「敵は待たん」
その一言と同時に、師匠の姿が一瞬で距離を詰め、慌てて剣を振り上げて受け止めるが、衝撃と共に腕が痺れ、「……っ、本気?」と声が漏れる。
「本気じゃなければ、昨日の指摘は意味を成さない」
淡々とそう言いながら、師匠は間合いを外し、私が体勢を立て直すより先に再び踏み込んでくる。
◇
必死に剣を振るい、「昔より動けてるはずよ」と内心で自分に言い聞かせながらも、師匠の動きに追いつけず、何度も足を取られ、地面に膝をつく羽目になる。
「力はある、だが使い方が雑だ」
師匠の声が上から降ってきて、歯を食いしばりながら立ち上がり、「雑でも当たれば倒せるでしょ」と反発するが、次の瞬間、軽く弾かれただけで体勢を崩され、「当たらなければ意味がない」と返された。
「……それは、そうだけど」
「お前は一直線に突っ込みすぎる、相手が一人ならそれでいいが、昨日みたいな数なら、必ず死角から刺される」
師匠はそう言いながら、私の周囲をゆっくりと歩き、「視線を固定するな、足を止めるな、剣だけで解決しようとするな」と次々に言葉を投げてくる。
「剣士なんだから、剣で決めたいのよ」
「決めたい気持ちが先に立つから、動きが読まれる」
その指摘に、思わず言葉を詰まらせ、「……それ、昔も言われた気がする」と呟いた。
◇
修行は朝から昼過ぎまで続き、何度も地面に転がされ、汗と泥にまみれながら、「これ、修行っていうより、しごきじゃない?」と半ば愚痴のように言う。
「区別する必要はない、結果が残ればそれでいい」
師匠は水袋を放り投げて寄越しながら、「昨日の戦いを思い出せ、囲まれた時、何を考えていた」と問い掛ける。
「……数が多い、逃げ道がない、ここで倒れたら終わり、そんな事ばかり」
「それが駄目だ」
即座に返されたその言葉に、眉をひそめ、「じゃあ、何を考えればよかったのよ」と問い返す。
「数を減らす手順と、立つ場所だ、恐怖は消えんが、順序は作れる」
師匠は地面に小枝で簡単な円を描き、「一対多数では、勝とうとするな、生き残る手順を優先しろ」と言い切った。
「……生き残る、ね」
その言葉を口の中で転がしながら、昨日の刺客達の顔を思い出し、「確かに、倒す事ばかり考えてた」と素直に認める。
◇
午後になると、師匠は周囲に散らばる石を指差し、「これを相手だと思え」と言い、私に向かって次々と石を投げ始める。
「ちょっと、聞いてない!」
「敵は予告しない」
そう言われ、慌てて動き出し、剣で弾き、魔法で軌道を逸らしながら、「止まるな、止まったら全部当たる」と自分に言い聞かせる。
最初は無様に当たり、何度も肩や脚に痛みが走ったが、次第に足が勝手に動き、「……こういう事?」と掴みかけた感覚に、師匠は小さく頷く。
「遅いが、気付いたな、剣を振る理由を変えろ」
「理由?」
私が聞き返すと、師匠は石を投げる手を止め、「勝つためじゃない、生き残るために振れ」と告げた。
◇
日が傾き、草地に大の字になって倒れ込み、「今日はもう、立てない」と息を切らしながら言う。
「立てなくなるまで動いたなら、今日は十分だ」
師匠はそう言いながらも、私の足元に立ち、「明日も続ける、逃げるなら今だ」と淡々と告げる。
「逃げないわよ、ここまでやられて、今さら引けない」
そう答えると、師匠は初めて少しだけ口角を上げ、「それでいい」と短く言った。
私は空を見上げ、「……まだまだ、やり直しね」と呟きつつも、不思議と胸の奥に灯るものを感じ、「でも、悪くない」と静かに目を閉じた。
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