第48章 立ち寄った町で、私は剣を抜く
私はリュシア・エーベルハルト、伯爵家の娘で、今は一人で剣と魔法を振るいながら各地を歩く冒険者だと名乗る事に、もう躊躇も言い訳も必要としなくなった自分を少しだけ可笑しく思いながら、王国アルセリオの周縁にある小さな町の石畳を踏みしめて歩いていた。
町の規模は小さく、城壁も簡素で、門番は二人しかおらず、行き交う人々の服装も旅慣れた者と土地に縛られた者が混ざり合っていて、ここが王都から遠く離れている事を嫌でも実感させる。
そんな町でも、冒険者ギルドだけはきちんとした建物を構えていて、扉を押し開けると同時に、木の床を踏む音と酒の匂いと、昼間から騒がしい声に迎えられた。
◇
「いらっしゃい、依頼の確認かしら、それとも宿探し?」
受付の女性は慣れた口調でそう言いながらも、私の剣と装備、そして一瞬だけ視線を走らせた顔立ちから、何かを測るような目をしているのが分かった。
「依頼を一つ、今日中に終わる程度のものがいいわ、危険度は問わないけど、場所が遠すぎるのは困る」
私がそう告げると、受付の女性は少しだけ眉を上げ、「随分はっきりしてるのね」と言いながらも掲示板に目をやり、数枚の依頼書を指で押さえた。
「町外れの廃屋に棲みついた魔物の掃討、単独行動でも問題なしって書いてあるけど……あなた、一人で行くつもり?」
「そのつもり、ここまで一人で来てるもの」
私が肩をすくめると、受付の女性は小さく息を吐き、「止めはしないわ、ただし無理だと思ったら引き返して」と一応の忠告を口にし、依頼書をこちらに差し出した。
「助言はありがたく受け取っておくけど、逃げるかどうかは自分で決めるわ」
そう言って依頼書を受け取ると、背後から聞こえてきた数人の冒険者の視線が一斉にこちらへ向くのを感じたが、振り返る気にはならなかった。
◇
町を出てしばらく歩いた先にある廃屋は、噂通り人の気配が途絶えて久しく、壁は崩れ、屋根も半分ほど落ちていて、ここに棲みついた魔物が人目を避けるようにしているのが一目で分かる場所だった。
「こういう所は嫌いじゃないわ、遠慮なく暴れられるから」
独り言のようにそう呟きながら剣を抜き、気配を探ると、奥から低い唸り声が返ってくる。
現れた魔物は数体、特別強いわけでも珍しいわけでもないが、狭い空間で囲まれると厄介な相手で、足を止めずに動きながら、「数を減らせば話は早い」と自分に言い聞かせ、剣と魔法を切り替えて一体ずつ確実に倒していった。
最後の一体を仕留めた後、深く息を吐き、「……このくらいなら、身体が鈍る心配はなさそうね」と呟きながら血を拭い、依頼完了を確認して町へ戻る事にした。
◇
町へ戻る道は静かで、風に揺れる草の音と、自分の足音だけが響いていたが、途中で立ち止まり、無意識のうちに剣の柄に手を掛けていた。
「……出てきなさい、隠れ方が下手よ」
そう声を掛けると、道の両脇から黒装束の人影が現れ、次々と私を囲む形で距離を詰めてくる。
数はざっと見て三十ほど、揃いすぎた動きと装備から、偶然の盗賊や魔物ではない事は明らかだった。
「伯爵令嬢リュシア・エーベルハルト、ここで命を落としてもらう」
先頭に立つ男が感情のない声でそう告げた瞬間、思わず小さく笑ってしまい、「わざわざ名前まで呼んでくれるなんて、随分丁寧ね」と返した。
「命令だ、抵抗するな」
「それを素直に聞くと思ってるなら、私を調べる時間が足りなかったみたいね」
そう言った瞬間、地面を蹴り、剣を振るって距離を詰め、戦いは一気に始まった。
数が多い事は承知していたが、退くつもりはなく、「囲まれる前に動く、それだけ」と自分に言い聞かせながら、必死に斬り結び、魔法で牽制し、相手の数を削っていく。
それでも次第に息は上がり、視界の端で動く影が増え、「さすがに、楽ではないわね」と思ったその時だった。
◇
鋭い風切り音と共に、一人の刺客が吹き飛び、地面に叩きつけられる。
「女一人に集団で襲い掛かるとは、お前達が悪党なのは間違いないな」
低く、しかしはっきりと響く声と共に現れたのは、白髪混じりの老剣士で、その立ち姿を見た瞬間、息を呑んだ。
老剣士は私に視線を向ける事なく、次々と刺客を圧倒し、その剣技と魔法は無駄がなく、圧倒的だった。
やがて刺客達が撤退を始め、静けさが戻った時、老剣士はようやくこちらを振り返り、「まだまだ、お前の技は甘い」と一言だけ告げた。
剣を下ろし、胸の奥がざわつくのを感じながら、「……生きてたのね、師匠」と言葉を絞り出した。
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