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第46章 届かない刃

 地下へ降りる前から、カイルの歩幅が昨日よりも僅かに前に出ていることに気づいていて、「今日は私が先」と何度も言い聞かせたはずなのに、横穴を進むにつれて、その距離がじわじわと詰まっていくのを、背中越しに感じ取っていた。



「昨日より、動きが鈍い気がする」


 水の溜まった空間を前に、低くそう言ったが、カイルは「問題ない」と短く返し、剣を握る手に力を込め、「昨日より、見えてる」と続け、その言葉が嫌な予感として胸に引っかかった。


「見えてる時ほど、足元は見えなくなる」


 私がそう言い終えるより先に、水面が大きく波打ち、半透明の塊が盛り上がり、粘つく分泌物が地面を這うように広がった瞬間、カイルは一歩前へ出ていた。


「待ちなさい!」



 叫びは間に合わず、彼の剣は鋭く振り下ろされ、確かに魔物の中心を捉えたはずだったが、手応えはなく、刃は水を斬ったかのように抵抗なく通り抜け、次の瞬間、魔物の表面が波打ち、剣を包み込むように形を変えた。


「――っ!」


 引き抜こうとした動きが遅れ、分泌物が腕に絡みつき、一気に距離を詰めながら「離れなさい、剣を捨てて!」と怒鳴ったが、カイルは歯を食いしばり、「まだ、いける!」と声を張り上げ、無理に踏み込もうとした。



 その判断が致命的だった。


 魔物の体表が一瞬で盛り上がり、刃を拒むように圧を増し、粘つく水が刃を伝って跳ね返り、彼の身体を包み込むように広がった。


「カイル!」


 剣を投げ捨て、間合いを無視して腕を伸ばしたが、分泌物は肌に触れた瞬間に力を奪い、足を取られ、次の瞬間、彼の身体が水の中へ引きずり込まれるのを、止めることは出来なかった。



「……あ、あんたの……剣……」


 水面から伸びた腕が、必死にこちらを探すように空を掴き、その手を掴みかけたが、粘つく水が間に入り、指先がすり抜け、「もっと……追いつきたかった……」という途切れ途切れの声を最後に、腕は水の中へ沈んだ。


 その瞬間、頭の中が真っ白になり、同時に、胸の奥で何かがはっきりと切り替わる感覚があった。



「……もういい」


 低く呟き、魔力を一気に解放し、剣ではなく力そのものを叩きつけるために、詠唱も溜めも省き、空間ごと焼き切るように魔法を放った。


 水が沸騰するような音が響き、魔物の形が保てなくなり、分泌物が蒸発しながら悲鳴のような振動を返し、一歩も引かず、逃げ道を与えないように圧を重ね続けた。



 数秒にも満たない時間だったが、水面が完全に静まり、半透明だった塊は形を失い、ただの濁った水へと戻っていくのを確認した瞬間、ようやく魔力を引き、膝に手をついて息を吐いた。


「……遅かった」


 そう口に出した言葉は、誰に向けたものでもなく、言い訳にもならず、ただ事実として重く残った。



 地下には、水の滴る音だけが残り、しばらく動けずに立ち尽くし、やがて視線を落として、水の中に沈んだ剣の柄を見つけ、「あんた、ちゃんと持ち主を選ばなかったわね」と呟きながら、それを拾い上げた。


 胸の奥に残る痛みが、怒りでも後悔でもなく、確かに失ったものの重さだと理解出来た時、ようやく顔を上げ、「……終わった」と静かに言った。

よろしければ何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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