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第44章 井戸の底にあるもの

 朝の村は静かで、夜露の残る土の匂いと、どこか重たく澱んだ水の気配が混じり合い、井戸へ向かう道すがら、「人が集まらない場所っていうのは、理由が分からないうちは近づきにくいものね」と呟き、背後でカイルが「だからこそ、放っておけない」と返すのを聞きながら、歩幅を変えずに進んだ。



 井戸は広場の裏、家々から少し距離を取った場所にあり、石組みは古く、長い年月を耐えてきたことが一目で分かるが、縁に近づいた瞬間、眉をひそめ、「やっぱり、水の匂いがおかしい」と低く言い、カイルに向かって「剣に手を掛けない、まだよ」と改めて告げた。


「中、覗くだけか?」


「ええ、まずはそれだけ」


 井戸の縁に手を掛け、慎重に身を乗り出して内部を覗き込み、暗闇の中に揺れる水面が、光を受けて不自然に鈍く反射しているのを確認し、「濁ってるというより、何かが混じってる」と判断した。


「降りるのか?」


 カイルの問いに、一瞬だけ考え、「私が先に行く」と答え、ロープを固定しながら「下から合図があるまで、動かないで」と念を押すと、彼は不満そうな顔をしながらも「分かった」と応じた。


 井戸の内壁は湿っており、苔と水分で滑りやすく、足と手の置き場を確かめながらゆっくりと降り、「この程度で音を立てると、上から何も見えなくなるわよ」と独り言のように呟きつつ、一定の距離を保って下へ進んだ。



 水面近くまで降りたところで、違和感に気づき、「……壁が、削れてる」と低く声を出し、石組みの一部が不自然に欠けている箇所を指でなぞり、自然崩落にしては形が揃いすぎていることを確認した。


「どうした?」


 上から響くカイルの声に、「横に続いてる」と短く返し、さらに身体をずらして確認すると、井戸の底から少し上の位置に、暗闇へと続く細い横穴が口を開けているのが見えた。


「人が掘った感じじゃないわね」


 小声でそう呟き、穴の縁に残る粘ついた痕跡を見て、「土でも石でもない、嫌な感触」と判断し、指先をすぐに引っ込めた。


「降りるな、そこから先は、俺も一緒だ」


 上から聞こえたカイルの声には、いつになく強い調子が混じっていて、一瞬だけ迷ったが、「勝手に降りるなら、置いていく」と返し、続けて「降りるなら、私の後ろ」と条件を付けた。


「分かってる」



 一度井戸の底に足をつけ、周囲を確認してから上を見上げ、「今日はここまで、入口を見つけただけでも十分」と声を掛け、これ以上進めば視界も足場も悪くなると判断し、ロープを合図代わりに軽く引いた。


「原因は、この横穴に繋がってる可能性が高い、でも、今すぐ踏み込む必要はない」


 そう言いながら再びロープを使って登り始め、地上に戻ると、カイルは歯を食いしばったような表情で井戸を見下ろしていた。


「行けそうだった」


「行けるかどうかと、行くべきかどうかは別よ」


 きっぱりと言い、「暗くて、水が絡む場所は、準備不足で入ると死ぬ」と続けると、彼は何か言い返そうとして口を閉じ、黙って頷いた。



 村長に簡単な報告を済ませ、井戸の近くには近づかないよう伝えた後、村の外れで再び野営の準備をしながら、「入口を見つけた、それだけで今日は十分」と自分に言い聞かせるように呟いた。


 カイルは焚き火の前で剣を磨きながら、「明日は、下に行くんだな」と静かに言い、炎を見つめたまま「ええ、でも、無理はしない」と答え、井戸の底に残った嫌な感触を、頭から追い出すように息を吐いた。

よろしければ何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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