第43章 水の味が変わった村
昼を少し過ぎた頃、私たちは街道を外れ、低い丘に囲まれた小さな村へと足を向けていたが、遠目に見える家並みの配置が妙に散らばっているのを見て、「あまり計画的に作られた村じゃないわね」と呟くと、背後からカイルが「開拓途中なんだろうな」と答え、その声が以前より自然に聞こえることに気づきながらも、歩調は緩めなかった。
◇
村の入口に近づくにつれ、漂ってくる空気にわずかな違和感が混じり、「……水の匂いが重い」と私が言うと、カイルは首を傾げながら「井戸の村だって聞いたことがある」と返し、足を止めて周囲を見渡し、畑仕事をしているはずの時間帯にもかかわらず、人影が少ないことを確認した。
「人が引っ込んでるわね」
「警戒してる感じか?」
「ええ、外敵というより、日常が壊れてる時の空気よ」
そう言って歩を進めると、村の中心に近い広場で、桶を抱えた老人とすれ違い、その中の水が微妙に濁っているのが視界に入り、反射的に足を止めた。
◇
「失礼、その水、飲めるの?」
私が声を掛けると、老人は一瞬驚いた顔を見せ、それから疲れたように肩を落とし、「飲めんことはないが、腹を壊す者が出始めてな」と答え、その言葉を聞いた瞬間、カイルに視線を向け、「剣に手を掛けない、まだよ」と小声で釘を刺した。
「最近になって、急にですか」
私の問いに、老人は頷き、「三日前からだ、水の色も、味も変わった」と続け、その話を聞きながら、井戸の位置を探すように視線を巡らせた。
「魔物を見たとか、地面が崩れたとかは?」
「いや、そういう話は聞いとらん、ただ、水が変わっただけだ」
その答えに、小さく息を吐き、「面倒なタイプね」と呟き、カイルが「依頼になるのか?」と問いかけてくるのに、「村長に会ってから考える」と返した。
◇
村長の家は広場の端にあり、扉を叩くと中から慌ただしい足音が聞こえ、痩せた中年の男が顔を出し、私たちを見るなり警戒と期待が入り混じった表情を浮かべた。
「冒険者か?」
「ええ、水の件を聞いた」
その一言で、彼は深く息を吐き、「助けてほしい、井戸が使えなくなり、村は困っている」と頭を下げ、すぐに返事をせず、家の中に視線を向け、並べられた水瓶のいくつかが布で覆われているのを確認した。
「井戸はどこ?」
「広場の裏だ、だが、誰も近づきたがらん」
「理由は?」
「……気味が悪いらしい」
その曖昧な言い方に、私は頷き、「今日は様子を見るだけ、無理はしない」と告げ、カイルに向かって「勝手に動かないで」と改めて言い含めると、彼は少し不満そうな顔をしながらも「分かった」と応じた。
◇
夕方、村の外れに野営の準備をしながら、村の井戸の方向を眺め、「水が濁る原因はいくつか考えられるけど、今は情報が足りない」と口にし、カイルが「明日、調べるのか?」と聞いてくるのに、「ええ、でも今日は近づかない」と答えた。
「怖がってる村人が多い、そういう場所は、焦ると碌なことにならない」
「慎重だな」
「生き残るほうを選んでるだけ」
◇
夜が訪れ、焚き火の音だけが響く中で、水袋の中身を確認し、「しばらくは持つ」と独り言のように呟き、カイルに向かって「明日は、私が前に出る、あなたは後ろ」と告げた。
「分かってる」
その返事を聞きながら、剣を膝の上に置き、「この村では、まだ何も起きていない、だからこそ、起きる前に動く」と静かに言い、視線を火から外して闇の向こうへ向けた。
水の匂いに混じる、かすかな異質さを感じ取りながらも、その正体を探るのは明日だと決め、今夜は剣を抜かずに休むことにした。
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