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第40章 旅人は剣を抜く

 私はリュシア・エーベルハルト、伯爵家の名を持つ生まれだが、今はその肩書きを街道の埃に落としながら旅を続ける冒険者であり、背中に背負った剣の重みと腰に下げた魔力の気配だけを頼りに、王国アルセリオの周縁に広がる人通りの少ない道を一人で歩いていた。



 昼下がりの街道は静かで、風が乾いた草を揺らす音と、自分の靴が小石を踏む感触だけが妙に大きく感じられたが、だからこそ背中に向けられる視線の変化にすぐ気づき、「この距離で隠れるつもりなら、腕は悪くないけど、殺気を抑える訓練は足りないわね」と独り言のように口に出しながら、歩調を緩めもせずにそのまま前へ進んだ。


「……気づいていたのか」


 若い男の声が背後から響き、足を止めて振り返らずに答える。


「気づかないと思われる程度の相手なら、最初から狙われないわよ、それで、名乗る? それとも背中から斬りかかる?」


 沈黙の後、軽い舌打ちとともに足音が近づき、ようやく身体を半身にして視線を向けると、そこには整った顔立ちに自信を張り付けたような若い剣士が立っており、装備も構えも素直すぎるほど正直で、経験より勢いを信じているのが一目で分かった。


「俺は依頼を受けただけだ、恨みはない」


「そう、なら手短に済ませましょう、私も今日は寄り道する気分じゃないの」


 そう言って背中の剣に手を伸ばし、鞘から引き抜いた瞬間に空気がわずかに震え、若い剣士の目が僅かに見開かれるのを確認しながら、「その反応が出るなら、剣を見る目はあるみたいね」と付け加えると、彼は不敵に笑って剣を構えた。


「元王太子の婚約者が、こんな街道で一人歩きとはな、油断しすぎじゃないのか」


 その言葉に肩をすくめ、「その話題を振るなら、もっと覚悟を決めてからにしなさい」と返し、次の瞬間、彼が地面を蹴って一気に間合いを詰めてきた。



 剣と剣がぶつかる音が乾いた空に響き、彼の踏み込みを真正面から受けず、わずかに身体をずらして刃を流し、「ほら、視線が剣に張り付いてる」と声を掛けた瞬間、彼の動きが一拍遅れるのを感じ取り、その隙に足元を払うように剣を走らせる。


「っ、この……!」


「悪くない勢いだけど、勢いは長持ちしないわ」


 彼は悔しそうに歯を食いしばりながらも再び斬りかかり、それを受け止めるたびに力を逃がし、あえて決定打を出さずに動きを見せつけるように応じ続けたが、それは遊びではなく、この程度の相手なら急いで終わらせる必要がないと判断しただけだった。


「どうしたの、さっきより呼吸が荒いわよ」


「黙れ!」


 怒鳴り声とともに振り下ろされた剣を真正面から受け止め、刃と刃が噛み合った瞬間に一歩踏み込み、間合いの内側で彼のバランスが崩れるのを感じ取って低く告げる。


「ここで止まれないなら、終わりね」


 そのまま剣を弾き上げ、喉元に切っ先を突きつけると、若い剣士は息を呑み、数秒の沈黙の後、剣を取り落として膝をついた。



「……負けだ」


 そう言った彼の声は、先ほどまでの自信に満ちた調子とは違い、悔しさと驚きが混じっていて、剣を引きながら「素直に認められるなら、それだけで無駄な時間は減るわ」と告げ、警戒を解かずに距離を取った。


「殺さないのか」


「依頼を受けただけの相手を斬るほど、暇じゃないの」


 彼はしばらく俯いたまま動かず、やがて顔を上げて私をまっすぐ見つめ、「あんたの剣は、本物だ」と真剣な声で言い切り、その視線に迷いがないのを見て、内心で少しだけ面倒な予感を覚えた。


「それで?」


「弟子にしてくれ」


 即答だった。


「嫌よ」


 私も即答で返し、間を置かずに「誰かを育てるために旅をしてるわけじゃないし、責任も取らない」と続けると、彼は一瞬言葉に詰まりながらも引き下がらず、「それでも構わない、今日みたいに背中だけ見せてくれればいい」と食い下がってくる。


「……しつこいわね」


 溜息を吐き、「今日はこれ以上の用事はないから、あなたはここで帰りなさい」と背を向け、再び街道を歩き出したが、背後から足音が消えないことに気づき、振り返らずに低く言った。


「ついてきても、何も教えないわよ」


「それでいい」


 即答が返り、思わず足を止め、「本当に厄介なタイプね」と呟きながらも、今は剣を抜く必要がないと判断し、そのまま歩みを再開した。



 夕暮れが近づき、空の色が変わり始める中で、街道を進みながら背後の気配を完全に無視し、「今日の依頼は終わった、これ以上、ここで何かが起きる予定はない」と自分に言い聞かせるように心の中で整理し、剣を背負ったまま、次の野営地へ向けて歩き続けた。

よろしければ何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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