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第37章 名を呼ぶ距離

 森を抜け、人気のない岩場まで移動したところでようやく足を止めた私は、剣を収めたまま深く息を吸い込み、「……逃がした獲物が大きいと、さすがに胃のあたりが落ち着かないわね」と独り言のように呟き、視線だけを隣に立つ若い剣士へ向けた。


「同感だが、今は追えない、あれは勢いでどうにかなる数じゃない」


 落ち着いた声でそう言われ、鼻で小さく息を吐き、「分かってる、追って取り返せるなら、とっくに走ってる、だから今は、あんたの話を聞く時間にしようと思って」と告げ、彼の反応を待った。



 若い剣士は一瞬だけ視線を伏せ、それから覚悟を決めたように顔を上げ、「名を名乗っていなかったな、俺は――」と口を開きかけたところで、その声を遮るように、「待って、その前に確認させて、あんた、私の剣筋を知ってたでしょう、初対面の反応じゃなかった」と言葉を差し込んだ。


「……気づいていたか」


 その短い返事を聞いた瞬間、胸の奥に沈んでいた違和感が形を持ち始め、「やっぱり、そうよね、その間合い、その踏み込み、見間違えるわけがない」と静かに言うと、彼はようやく諦めたように息を吐いた。


「久しぶりだな、リュシア」


 その呼び方を聞いた瞬間、思わず口の端をつり上げ、「ええ、本当に久しぶり、こんな形で再会するなんて、昔の私に言っても信じなかったでしょうね」と返し、視線を逸らさずに彼を見据えた。



「……名を呼ぶ資格が、今の俺にあるかは分からないが、俺はエドガルだ、あの頃と同じ師の下で剣を学んでいた」


 その名を聞いて、小さく息を吸い、「ええ、覚えてる、忘れるわけがないでしょう、私が初めて本気で剣を振るう相手として、ずっと追いかけてた人なんだから」と、あえて軽い調子で言い切った。


「追いかけられていた自覚はなかったが……いや、嘘だな、あの視線には気づいていた」


 その返答に、思わず笑い、「気づいてて、何もしなかったあたりが、あんたらしいわね、だからこそ、私も剣を振り続けられたんだけど」と続け、過去を責めるような言葉を一切挟まなかった。



 短い沈黙の後、私が話題を戻すように、「それで、どうして盗賊団を追ってるの、偶然にしては、目的がはっきりしすぎてる」と問いかけると、エドガルは拳を握り、「あの頭目は、俺の親を殺した男だ」と低く答え、その声に混じる感情の重さを、否定も慰めもしなかった。


「剣を使う理由が、はっきりしてるのね」


 そう言うと、彼は頷き、「逃げ続けるつもりはなかった、だが、奴は数を集め、剣を欲しがっていた、聖剣を手に入れれば、さらに手が付けられなくなる」と続け、その言葉を聞きながら、「つまり、私たちの目的は同じ、剣を取り戻して、頭を叩き割る、それだけ」と簡潔にまとめた。



「一緒に行く気か?」


 エドガルの問いに、即座に答え、「当然でしょう、私が引き受けた話でもあるし、それに、あんた一人に背負わせる気もない」と言い切り、彼の視線を真正面から受け止めた。


「危険だ」


「今さらね、私が危険を避ける性格だって、昔から知ってるはずよ」


 そう返すと、エドガルはわずかに口元を緩め、「変わっていないな」と呟き、肩をすくめ、「変わったら、こうして剣を背負ってないでしょう」と応じた。



 地図代わりに周囲の地形を目で追いながら、「アジトは、この先の谷でしょう、気配の流れからして、逃げ場を確保できる場所を選んでる」と言うと、エドガルも頷き、「ああ、俺も同じ読みだ、夜明け前に動けば、見張りが薄くなる」と静かに同意した。


「なら決まりね、昔話はここまで、続きは剣でつけましょう」


 そう告げると、エドガルは剣に手を置き、「あの時、言えなかったことも、今は必要ない、終わらせてからでいい」と応じ、私も「同感、未練を抱えたまま戦うほど、器用じゃないし」と返した。



 並んで歩き出した瞬間、ふと、「ねえ、エドガル、あの頃の私が、こうして隣に立つ未来を想像してたって言ったら、どうする?」と問いかけると、彼は一拍置いてから、「笑うだろうな、だが今なら、否定はしない」と短く答え、その言葉に、それ以上何も言わず、前を向いた。

よろしければ何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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