第36章 剣が交わり、剣が失われる
屋敷を発ってから半日ほど、森の縁をなぞるように歩き続けた私は、足元の土が踏み固められていない場所に差しかかった時点で、視線を上げるより先に気配の数を数え終え、「なるほど、探りを入れるどころか、もう囲む段階まで来てるわけ」と、剣の柄に親指を掛けながら、わざと独り言めいた声を出した。
◇
「――女一人か、ずいぶん軽そうだな」
前方の木立の影から聞こえてきた声に、足を止めることなく、「あら、女性への誉め言葉が上手いのね」と返し、左右と背後に広がる気配が、一斉に間合いを詰めてくるのを肌で感じ取った。
「通すわけがないだろう、ここまで来た以上、手ぶらで帰る気はない」
その言葉を聞いた瞬間、剣を抜き、「なら話は簡単ね、欲しいなら、立っていられるうちに取りに来なさい」と告げ、最初に踏み込んできた男の剣を弾き返し、そのまま腹部へ蹴りを叩き込んだ。
◇
数が多いと分かっていても、実際に剣を振るえば身体は自然と動き、魔力を抑えたまま刃を走らせ、「一人、二人……三人、はい、次」と数えるように敵を倒していくが、背後からの圧が消えないことに舌打ちをした。
「ちょっと、さすがにこれは聞いてない、守りが甘いならともかく、包囲前提で来るなんて、随分と用意がいいじゃない」
声を張り上げると、返事代わりに投げられた刃を弾き損ね、肩口をかすめる痛みに眉をひそめながらも、「この程度で止まるなら、最初から剣なんて持ってない」と言い放ち、踏み込みを続ける。
◇
だが、前からも後ろからも間断なく襲い掛かってくる刃に、次第に呼吸が荒くなり、「数で押すのは、正直、嫌いじゃないけど、付き合いきれないわね」と吐き捨てた瞬間、横合いから鋭い一閃が走り、私の目前にいた男が、言葉を発する暇もなく倒れた。
「下がれ、その位置は危ない」
低く澄んだ声が耳元で響き、反射的に距離を取りながら振り返り、「助太刀、ですか、それとも同業者の横取り?」と問いかけると、白銀の刃を構えた若い剣士は一瞬だけこちらを見て、「今は区別する意味がない」と短く答えた。
◇
彼の剣は、無駄がなく、迷いがなく、私が一歩踏み込めば自然とその隙間を埋めるように動き、「……息が合うわね、初対面にしては」と声を掛けると、「足運びが分かりやすいからだ」と素っ気なく返され、思わず笑みがこぼれた。
「褒め言葉として受け取っておきます、こういう場で遠慮されるより、よほど助かる」
二人で背中を預ける形になり、包囲は一時的に崩れたものの、その隙を突くように、奥から一際大きな気配が動き出すのを感じ、視線を走らせた。
◇
「――あれは、まずい」
若い剣士がそう呟いた瞬間、視界の端で、光を帯びた剣が掲げられるのが見え、思わず舌打ちし、「しまった、そっちが本命か」と声を上げ、距離を詰めようとするが、周囲の敵が一斉に動き、進路を塞いだ。
「道を開けなさい!」
魔力を乗せた一撃で前方を押し退けたが、その刹那、聖剣が高く掲げられ、空気が震えるのを感じ、「使い慣れてないくせに、振り回すんじゃない!」と叫ぶも、混乱の中で、その剣は奪われ、森の奥へと姿を消した。
◇
追おうとした瞬間、肩に手が掛かり、「今は無理だ、下手に追えば、ここに残った連中に囲まれる」と制され、歯噛みしながらも足を止め、「……分かってる、ここで倒れたら、元も子もない」と短く答えた。
残った盗賊たちが退き、静けさが戻った森の中で、剣を納め、「助けられたのは事実ね、礼は言うわ」と若い剣士に向き直ると、彼は剣を下ろし、「礼を言われる筋合いでもない、ただ、あれを放っておく気はない」と視線を逸らした。
「奇遇ですね、私も同じ気分です」
そう言った瞬間、彼が一瞬だけこちらを見た、その横顔に、言葉にできない引っかかりを覚えつつも、それを問いに変えず、「続きは、落ち着いてからにしましょう」とだけ告げ、森を後にした。
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