第35章 託される剣の話
朝の光がカーテンの隙間から差し込んだ時点で目が覚めた私は、旅の途中で泊まる宿とは違う、屋敷特有の静けさに一瞬だけ身を委ねてから、壁に立て掛けた剣に手を伸ばし、「まだ、錆びるほど大人しくしている気はないんだけど」と、誰に聞かせるでもなく呟いた。
◇
朝食の席で向かい合った老領主は、昨夜よりもいくらか表情を引き締めていた。その変化を見逃さず、「こうして改まった顔をされると、さすがにただの昔話では済まなさそうですね」と切り出すと、彼は頷き、「その通りだ、昨夜は伏せたが、今朝は隠す理由もない」と低く応じた。
「この屋敷には、代々伝わる剣がある、それは装飾品でも、威光を誇るための飾りでもない、だが放っておけば災いを招く類の代物だ」
その言葉を聞いた瞬間、私は匙を置き、「災いを招く剣なんて、穏やかじゃないですね、持っているだけで厄介事を呼び込むなら、正直、扱いに困るでしょう」と率直に返し、老領主は「だからこそ、お前に話している」と、こちらを真っ直ぐに見た。
「最近、この地の周辺で、妙に探りを入れてくる連中が増えた、直接剣の名を出すわけではないが、目的が何であれ、狙いがこの屋敷に向いているのは明らかだ」
私は腕を組み、「探りを入れる、ですか、それだけ慎重なら、相手も相当な数か、あるいは相当しつこいか、そのどちらかですね」と応じ、老領主は苦笑しながら「どちらも、だ」と短く答えた。
◇
食後、屋敷の奥へ案内され、分厚い扉の前で立ち止まった老領主は、「ここから先は、家の者でも簡単には入れん」と前置きし、私は「そういう場所に通されるのは久しぶりですね、昔は勝手に入って怒られた記憶しかありませんけど」と、軽口を叩いた。
「今は勝手に入れば、怒られるだけでは済まんがな」
扉が開かれ、静かな空気の中に収められた剣を目にした瞬間、私は自然と背筋を伸ばし、「確かに、これは……目立つ剣ですね、嫌でも人目を引く」と率直な感想を口にした。
「美しいからではない、存在感があるからだ、その存在感に引き寄せられる者がいる、それが問題だ」
老領主の言葉に、剣から視線を外し、「守る人間が減れば、余計に狙われる、そういう流れは珍しくありません」と淡々と述べ、彼は深く息を吐いた。
◇
「そこで、頼みがある」
老領主はそう切り出し、「この屋敷に留まって剣を守れ、と言うつもりはない」と前置きした上で、「外から来る者の動きを止めてほしい、これ以上、屋敷の者を怯えさせたくない」と続けた。
即座に返事をせず、少しだけ間を置いてから、「つまり、こちらから動いて、原因を叩く、その役を私に任せたい、そういう話ですね」と確認し、老領主は迷いなく頷いた。
「剣を振れる者は他にもいる、だが、この話を黙って聞き、黙って動ける者は、お前しか思い浮かばなかった」
その言葉に、苦笑し、「随分と都合のいい評価ですけど、断る理由が見当たらないのも事実ですね」と返し、剣に視線を向けた。
「ただし、はっきり言っておきますけど、座って守る役には向いていません、動いて、叩いて、終わらせる、それだけです」
「それでいい、いや、それがいい」
老領主の即答を聞き、ようやく頷き、「では、その厄介事、引き受けましょう、世話になった屋敷が静かに眠れるなら、その程度の手間は惜しみません」と告げた。
◇
部屋を出る際、振り返り、「この剣は、まだここに置いておくんですよね」と確認すると、老領主は「そうだ、持ち出す話はしていない」と答え、「なら、準備は身軽で済みます」と短く返した。
廊下を歩きながら、「まったく、久しぶりに立ち寄ったと思ったら、やっぱりこうなる」と独り言を漏らしつつも、足取りは自然と軽くなっていた。
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