第33章 返すべき場所へ
猟師たちの足音が完全に消え、森が本来の静けさを取り戻したのを肌で感じた私は、剣から手を離しながら深く息を吸い、「もう追ってくる気配はない、だが油断はするな、今から会う相手は、さっきの連中よりもずっと力がある」と前を見据えたまま告げる。
「……おかあさん?」
小ドラゴンの声は震えていたが、その震えの中に期待が混じっているのが分かり、一歩踏み出して「そうだ、この匂いの濃さは間違いない、探している側と探されている側が、同じ場所を目指して動いた結果だ」と答え、枝葉をかき分けて進む。
数歩進んだところで、空気が一変した。
森全体が息を潜めたように静まり返り、地面を踏む感触が重くなった瞬間、小ドラゴンを庇う位置に立ち、「ここから先は私が前に出る、お前は私の背中から離れるな」と低く告げる。
「おいで」
その時、低く響く声が森の奥から流れ、音というより振動に近いそれを聞いた瞬間、剣に指を掛けながらも抜かず、「こちらに害意はない、子どもを保護していただけだ」と声を張った。
「人が、なぜ我が子の名を呼ぶ」
巨体が木々の間から姿を現し、黒に近い深緑の鱗と大きく広がる翼が視界を覆い、一瞬だけ喉の奥が鳴るのを感じたが、足は引かずに立ち続ける。
「名は呼んでいない、泣き声がしたから足を止めただけだ、結果としてここまで連れてきたが、奪うつもりはない」と率直に告げると、母ドラゴンの鋭い視線が私に向けられ、次いで小ドラゴンへと移った。
「……無事か」
「うん、だいじょうぶ、このひとが守ってくれた」
小ドラゴンがそう言った瞬間、母ドラゴンの緊張がわずかに緩み、その隙を逃さずに一歩だけ前へ出て、「追われていた、子どもを囮にするつもりの人間を排除した、殺してはいない、もう近づかない」と簡潔に報告する。
「人は、約束を破る」
「だから約束はしていない、ただ逃げる背中を覚えさせただけだ、次に来たら同じ結果になると分かる程度には」と言い切ると、母ドラゴンは低く唸り、それから長い沈黙が落ちる。
「……お前は、何を望む」
その問いに、即座に「何も望まない、依頼でも取引でもない、ただ返しに来ただけだ」と答え、剣から完全に手を離して両手を下げる。
「ならば、なぜ立ち去らぬ」
「返す相手の顔を見ずに背を向けるほど、雑じゃない」と返すと、小ドラゴンが私を見上げ、「もう行っちゃうの?」と問いかけてきた。
「ああ、ここから先はお前の場所だ、私は通りすがりだ」と告げると、小ドラゴンは一瞬だけ逡巡し、それから母ドラゴンの方へ駆け寄る。
「ありがとう、また会える?」
その問いに、一瞬だけ考え、「森で泣いている声を聞いたら、また足を止めるかもしれない、それくらいの約束なら出来る」と答え、小ドラゴンは満足そうにうなずいた。
母ドラゴンはその様子を見て一歩下がり、「人よ、名を聞いておく」と低く告げ、「リュシアだ、それ以上はいらない」と簡潔に返す。
「覚えておこう、リュシア」
その言葉を最後に、一礼する代わりに軽く手を挙げ、「もう泣かせるなよ」とだけ言い残し、背を向けて歩き出す。
振り返らずに森を抜けながら、背後で翼が広がる音を聞き、ようやくこの依頼が終わったことを実感していた。
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