第31章 近づく足音と嫌な声
匂いが強まった地点で足を止めた。剣の柄から指を離さずに周囲を見回しながら、「いいか、ここから先は私の合図があるまで一歩も動くな、呼ばれても返事をするな、名前を知られていないならそれだけで有利だ」と低く告げ、小ドラゴンは緊張で喉を鳴らしながらも「うん、ここにいる」と小さく返した。
森の空気は重く、湿った土の匂いに混じって人の汗と革の臭いが漂っており、その方向を読み違えないように慎重に歩を進めながら、枝葉の隙間から覗いた先で、焚き火の跡と踏み固められた地面を確認する。
「おかあさんの匂い、ここでぐるっと回ってる」
小ドラゴンの囁きに、即座に「分かってる、ここで方向を変えた、理由は一つとは限らないが、落ち着いて動いている証拠でもある」と返し、無闇に希望を煽らない言葉を選びながらも、最悪の事態を想定して腰を落とす。
その時、少し離れた場所から人の声がはっきりと聞こえ、反射的に小ドラゴンの前に立ち、「静かに、息も止めろ」と手のひらで制止する。
「さっき見た足跡、間違いねえな、でかいのがこの辺りをうろついてる」
「だが血の匂いはねえ、逃げられたか、それとも巣に戻ったか」
複数の声が交互に響き、人数と位置を把握しながら、視線だけで距離を測り、「動くな、見つかる距離じゃないが、音を立てたら終わりだ」と小ドラゴンに告げる。
「人間って、ああいう話し方するんだ」
震える声でそう言われ、短く「油断している時ほど声が大きくなる」と答え、会話の内容を聞き逃さないよう耳を澄ませた。
「ドラゴンの子どもがいるって話だ、母親を追えば必ず戻ってくる」
「子どもを先に捕まえりゃ、向こうから来るだろ」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが冷え切り、同時に背筋に熱が走ったが、表情を変えずに小ドラゴンの肩に手を置き、「聞いたな、だからここで動くな、今は耐える」と静かに告げる。
「ぼく、狙われてる?」
「そうだ、だが安心しろ、今この場にいる限り、私が前にいる」と即答すると、小ドラゴンは小さく息を吸い、「……うん」と答えた。
人の足音は徐々に近づき、視界の端に動く影が増え始めたが、一歩も引かずに姿勢を低く保ち、最悪の場合の退路と遮蔽物を頭の中で並べていく。
「見つからなけりゃいいが、風向きが変わったな」
「匂いを嗅ぎ分けるって話じゃなかったか?」
猟師たちの軽口に内心で舌打ちしつつ、「風がこちらに来ている、だがまだ間に合う」と判断し、小ドラゴンの耳元で「私が合図を出したら後ろへ下がれ、走るな、音を立てるな」と指示を重ねる。
「もし、だめだったら?」
「その時は私が話をする、交渉が通じるかどうかは分からないが、少なくともいきなり襲わせはしない」と答え、剣からは手を離さない。
やがて、猟師の一人がこちらの方向を見て立ち止まり、「おい、誰かいるか?」と声を張り上げた瞬間、深く息を吸い、「ここまで来たか」と呟きつつ一歩前に出る。
「いるなら出てこい、獲物を横取りするつもりなら話は別だぞ」
その声に、小ドラゴンが身をすくめたのを感じた私は、振り返らずに「大丈夫だ、今は私が話す番だ」と告げ、姿を隠す意味がなくなったと判断して木陰から姿を現す。
「通りすがりの冒険者だ、獲物の横取りなんて趣味はない、ただこの森を通っているだけだ」
猟師たちは私を見ると一瞬意外そうな顔をし、「女一人でこんな森か」と笑い、「それとも後ろに何か隠してるのか?」と視線を動かした。
「隠しているかどうかを詮索するのは勝手だが、無闇に近づくな、ここは私の立ち位置だ」と言い切ると、場の空気が一段階張り詰める。
猟師の一人が一歩踏み出し、「威勢はいいが、ここは俺たちの狩り場だ」と言い放ち、それを正面から受け止めながら、「狩り場だろうと通り道だろうと、今この場で血を流す理由はないはずだ」と静かに返した。
互いの距離が詰まりきらないまま、緊張だけが積み重なり「ここで踏み込めば戦いになる、だがまだ引き返せる」と判断を固めながら、次の一言を選ぶ。
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