第3章 その力は、ここで使うものではないと言われましたが
王宮中央広間は夜会の準備が進み、天井から吊るされた魔晶灯が淡い光を落とし、磨き上げられた床には人の動きが幾重にも映り込み、楽団の調整音と靴音が重なって、ここが社交と権威の中心であることを嫌というほど示していた。
「リュシア様、先ほどはお姿が見えませんでしたけれど、お身体はもう大丈夫なのですか、殿下との件で心を痛めておられるのではと、皆さま心配しておりましたのよ」
貴族の令嬢が集まる一角で、そう声を掛けられた瞬間、私は自分が今どこに立っているのかをはっきりと意識し、ここでは感情よりも立場が先に評価されるという事実を、あらためて突きつけられた。
「ご心配には及びません。体調ではなく、立場が変わっただけですので、こうして顔を出している以上、それ以上でもそれ以下でもありません」
「まあ、ずいぶんと割り切った受け取り方をなさるのですね。普通でしたら、しばらく姿を見せず、噂が落ち着くのを待つ方も多いというのに」
「私が避ける理由はありません。ここにいる方々は、私が何をしてきたかをご存じでしょうし、だからこそ、今さら隠れても意味がないと思っただけです」
周囲の視線が私に集まり、興味と警戒が混ざった空気が、肌に触れる温度として伝わってくる中、私は背筋を伸ばし、この場で評価されるべきものが何なのかを、自分の中で整理していた。
◇
広間の奥では、武官と騎士が集まり、夜会の余興として予定されている演武の準備を進めており、木剣や防護結界が配置される様子は、社交の場には似つかわしくない緊張感を伴っていた。
「これはまた珍しい取り合わせですね。夜会で武技をご覧に入れるとは、ずいぶんと意図的に感じますが」
私がそう声を掛けると、近くにいた若い騎士が、困ったように肩をすくめながら応じる。
「王国の防衛力を示す意味もありますし、近頃は魔物被害の話題も多いものですから、安心材料として用意されたようです」
「安心、ですか。剣を振るう姿を見せることで安心できる方もいれば、不安を煽られる方もいるでしょうに」
「ええ、その点については、すでに意見が分かれております。ですが、殿下が許可を出された以上、実施されることになりました」
その名前が出た瞬間、周囲の空気がわずかに変わり、私がこの場所に立っている理由と、ここで何を示すべきかが、否応なく結びついていく。
◇
「リュシア、こんなところにいたのか」
セルヴェール殿下が近づいてきたことで、場の緊張は一段階引き上げられ、視線の流れが一斉にこちらへ向かうのを感じながら、私は逃げ場のない中心に立たされた。
「ええ、夜会に出席する以上、広間にいるのは自然だと思いますが」
「君は相変わらずだな。今夜は静かに過ごした方が賢明だと思うが、余計な刺激は避けるべきだ」
「刺激になるかどうかは、私ではなく、周囲が決めることです。それに、私がここで何をしていようと、すでに判断は下されたのでしょう」
「そうだが、だからこそ、これ以上の誤解を招く行動は控えるべきだと言っている」
「誤解、ですか。私が剣に触れること自体が誤解を生むというのであれば、それは、私が何者であったかを最初から見誤っていたという話になりますね」
殿下は一瞬だけ言葉に詰まり、それから周囲を意識した調子で続ける。
「王太子妃として求められるものと、武技は両立しない。それは、以前から話してきた通りだ」
「ええ、何度も伺いました。そして、その考えを受け入れなかった結果が、今の立場です」
◇
そこへ、マリアンヌが歩み寄り、柔らかな笑みを浮かべながら、私と殿下の間に視線を巡らせる。
「お二人とも、周囲の目をお忘れになっていませんか。せっかくの夜会ですもの、もう少し和やかに振る舞われた方がよろしいと思いますわ」
「和やかさが必要なのは、この場でしょうか、それとも、評価を下した判断そのものでしょうか」
「私はただ、殿下のお立場を案じて申し上げているだけですの。ここで不用意な行動を取られれば、殿下のお考えが疑われることになりますもの」
「疑われるかどうかは、行動そのものよりも、その背景にある理由次第だと思いますが」
周囲から小さな反応が漏れ、誰もがこのやり取りをただの私情として片付けられないことを察しているのが伝わってくる。
◇
「演武の準備が整いました」
武官の一人がそう告げた瞬間、広間の視線は一斉にそちらへ向き、場の焦点が移る。
「参加者は選抜された騎士のみだと聞いていますが」
私の言葉に、武官は一瞬ためらい、それから事実だけを並べる。
「本来はその予定でしたが、希望者がいれば、簡易的な形での参加も検討可能だという話になりまして」
その言葉が終わる前に、私は一歩前へ出ていた。
「では、私が参加します。形式にこだわるつもりはありませんので、剣と魔法の扱いを確認できる場を用意していただければ十分です」
ざわめきが広がり、殿下が即座に制止に入る。
「リュシア、それは――」
「殿下、私がここで何を示すかは、もはや王太子妃候補としての問題ではありません。一個人としての力量を問われる場であれば、応じる理由はあります」
武官たちが互いに視線を交わし、最終的に一人が頷く。
「了承しました。あくまで余興の一環として、安全は確保します」
◇
結界が展開され、木剣を手に取った瞬間、私は周囲の視線が好奇と評価に変わるのを肌で感じ、ここが社交の場であろうと、力量を測る視線の質は変わらないのだと理解していた。
「準備はよろしいですか」
「問題ありません」
合図と同時に踏み込み、剣を振るい、魔力を制御しながら動く中で、私はただ、自分が積み重ねてきたものを形にしていくだけだった。
演武が終わり、静まり返った広間に残ったのは、結果そのものと、それをどう受け取るかという各々の判断だけであり、私は剣を下ろし、誰に向けるでもなく一礼する。
◇
「……なるほど、これは確かに、手放すには惜しい」
誰かがそう漏らし、その一言が、今夜の空気を決定づける重さを持って広がっていくのを、私は正面から受け止めていた。
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