第28章 選び続ける者
刺客を退けてから半日ほど歩き続け、森を完全に抜けた頃には、空はすっかり高く晴れ渡り、小さな丘の上で足を止め、風に揺れる草原を見下ろしながら、これまでの出来事を一つずつ噛み締めるように息を吐いていた。
「つくづく、面倒な立場よね」
そう独り言を零しながらも、その声音には諦めも後悔も含まれておらず、むしろ自分の選択を確認するような響きが混じっていた。
◇
王太子の婚約者だった頃、何をしても誰かの顔色を窺い、剣を振るう理由も、魔法を使う意味も、自分の中ではなく外に求める癖がついていたが、今こうして一人で立っていると、それらがすべて不要だったことを、身体の感覚として理解出来る。
「守られる立場も、閉じ込められる場所も、もういらない」
誰に聞かせるでもなくそう言い切ると、胸の奥がすっと軽くなり、無意識に背筋を伸ばしていた。
ふと、森の方角に視線を向けると、黒いローブの青年の姿が脳裏に浮かび、あの短い時間の中で交わした言葉や視線、魔法の感覚が次々と思い出されるが、それらは甘い後悔ではなく、確かな支えとして胸の内に収まっていた。
「……また会うことがあれば、その時はその時」
そう呟いた瞬間、過去に縛られていた頃の自分なら抱いていたはずの迷いや未練が、不思議なほど湧いてこないことに気づき、小さく笑った。
◇
丘を下り、次の町へ向かう道に戻ると、遠くに冒険者ギルドの旗が見え、そこに新しい依頼と、新しい出会いが待っていることを想像するだけで、胸の内が静かに高鳴る。
「どうせ来るなら、何度でも来なさい。その度に叩き割って進むだけ」
その言葉は虚勢ではなく、実感を伴ったものだった。
剣の柄に手を置き、魔力の流れを確かめながら歩き出す。もう誰かに抑えられることはないし、誰かの期待に応えるために生きるつもりもない。
「選ぶのは、いつも私」
その確信だけを携えて、前を向く。
こうして、伯爵家令嬢であり、王太子の元婚約者であり、そして一人の冒険者である、私、リュシア・エーベルハルトの旅は、一つの区切りを迎えるが、終わりではなく、選び続けるという形で、確かに続いていくのだった。
よろしければ何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。




