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第26章 離れるという判断

 夜明け前の森は、戦いの後だというのに妙に静かで、私は剣を鞘に収めたまま立ち尽くし、焚き火の残り火を見つめながら、この短い同行が自分にとって予想以上に居心地のいい時間だったことを否定出来ずにいる自分に、少しだけ苛立ちながら息を整えていた。


「そろそろ行くの?」


 青年がそう問い掛けてきた声は穏やかで、引き止める響きも急かす調子も含まれていなかったが、それが逆に私の胸の奥をざわつかせ、簡単な答えを選ぶことを許してくれなかった。


「ええ、このまま一緒に進むのは、私にとってもあんたにとっても良くない気がするから、ここで別れるのが一番まともな選択だと思ってる」


 口に出した瞬間、その言葉がやけに重く響き、私は無意識に拳を握りしめていたが、それでも視線を逸らさずに彼を見ることだけはやめなかった。



 青年はすぐには返事をせず、焚き火に残った灰を軽く掻き混ぜるような仕草をしてから、私の方へ向き直り、静かな声で言葉を紡いだ。


「理由を聞かない方がいい、と言われる前提で話すけど、君は今、自分が誰かのそばにいることで、その人を巻き込む可能性を考えているんだろう」


 図星を突かれた気がして、私は一瞬だけ息を詰まらせたが、誤魔化すつもりはなかった。


「そうよ。私は自分が剣を振るうことも、魔法を使うことも選び直したばかりで、その結果として何が起きるか全部を把握してるわけじゃないし、その不確かな場所にあんたを立たせる気はない」


 自分でも驚くほど素直な言葉が出てきて、胸の奥がひりつくように痛んだが、それでも言い切らなければならないと分かっていた。



 青年は小さく息を吐き、少し困ったように笑った。


「君は、自分一人で抱え込む癖があるね。それが強さでもあるけど、時々、距離を取りすぎる原因にもなっている」


「分かってる。でも、それを変えるつもりは今はない」


 私はそう言い切り、言葉の続きを飲み込まずにそのまま外へ出したことで、胸の奥に溜まっていたものが少しだけ軽くなるのを感じていた。


「私は冒険者として生きると決めたし、何かが来たら正面から叩き割る。その時に、守るべき誰かがそばにいる状況は選ばない」


 その言葉は、彼に向けたものでもあり、自分自身に向けた宣言でもあった。



 沈黙が流れた後、青年は私の決意を否定することなく、ゆっくりと頷いた。


「君らしい判断だと思う。無理に一緒にいようとして、互いに歪むよりは、今の形で離れる方が、ずっと誠実だ」


 そう言われたことで、胸の奥に溜まっていた緊張が少しだけほどけ、私は無意識に肩の力を抜いていた。


「誠実、ね。あんたにそう言われるとは思わなかった」


「僕は、君が思っているほど無責任じゃない」


 その言葉に、私は思わず苦笑する。


「そうね。少なくとも、森で適当な助言だけして消えるタイプじゃないのは分かった」



 空が少しずつ白み始め、鳥の声が聞こえ始める。私は荷物を背負い直し、最後に一度だけ彼の方を見た。


「短い時間だったけど、悪くなかった。魔法のことも、剣のことも、全部含めて」


「僕も同じだ。君と話すのは、退屈しなかった」


 その言い方が、あまりにも彼らしくて、私は小さく笑った。


「じゃあ、ここまでね」


「うん。また会うことがあれば、その時は続きを話そう」


 私はそれ以上何も言わず、踵を返して歩き出した。振り返らなかったのは、振り返ったら決断が揺らぐと分かっていたからで、それを選ばないこともまた、今の私にとっては必要な判断だった。

よろしければ何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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