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第25章 叩き割るという選択

 夜の森は昼とは別の顔を見せる。音が増え、気配が濃くなり、魔力の流れがはっきりと分かるようになるのは、冒険者として何度も体験してきたことだが、今夜はそれがやけに鮮明だった。


「来るわね」


 私が低くそう告げると、背後に立つ黒いローブの青年が短く応じる。


「数は多くない。でも、動きは揃っている」


 私は剣を抜き、足元の落ち葉を踏みしめた。遠くで枝が折れる音が連続して響き、獣の唸り声が混じる。


「前に出る。後ろは任せた」


「了解」


 その一言だけで十分だった。私は一歩踏み込み、魔力を脚に流す。地面を蹴った瞬間、視界が一気に開け、最初の魔物の首筋に剣を叩き込んだ。


 手応えがある。重いが、鈍くない。


 横から飛び掛かってきた二体目を、魔法で弾き飛ばす。以前なら、もっと力任せに放っていたはずだが、今は違う。必要な分だけ、鋭く。


「いい動きだ」


 背後から聞こえた声に、私は口の端を上げる。


「今さら感想はいらない!」


 魔物が地に伏す音が重なり、夜の森が騒がしくなる。私は呼吸を整え、次の一体へ向かった。



 戦いは短かった。魔物たちは統率されているようでいて、実際には私の動きに対応しきれていない。剣で叩き割り、魔法で流れを断ち、数を減らしていく。


 最後の一体が逃げようと背を向けた瞬間、私は地を蹴った。


「逃がさない!」


 剣を振り下ろし、魔物が倒れる。静寂が戻り、私は大きく息を吐いた。


「終わったわ」


 振り返ると、青年はいつの間にか私のすぐ後ろに立っていた。衣服に乱れはなく、魔法を使った形跡も最小限だ。


「怪我は?」


「見ての通り。かすりもしない」


「それは何より」


 そう言われると、なぜか胸がむず痒くなる。私は剣を鞘に収め、肩を回した。


「依頼はこれで完了。夜明け前に報告すれば、問題ない」


「一緒に行く?」


「……あんた、依頼主じゃないでしょう」


「報告を聞くのは嫌いじゃない」


 その言い方が妙に自然で、私は小さく笑ってしまった。



 夜が明けるまでの間、私たちは再び焚き火を囲んだ。戦いの後の火は、さっきよりも暖かく感じる。


「さっきの魔法、無理してなかった」


 青年がそう言う。


「分かるの?」


「分かる。さっきより、ずっと自然だった」


 私は火を見つめたまま答える。


「不思議ね。今まで、力を出すのは我慢比べだと思ってた」


「多くの人がそう思う。でも、君の場合は違う」


「……縛られてただけ、ってやつ?」


「そう」


 短い言葉のやり取りなのに、胸の奥が静かに揺れる。


「ねえ」


 私が呼び掛けると、彼はすぐに視線を向けた。


「この旅、あんたにとっては何?」


 少し考えてから、彼は答える。


「流れに身を任せて、面白いものを探す旅」


「曖昧」


「でも、本当」


 私は頷いた。


「私にとっては、選び直す旅よ」


「何を?」


「生き方」


 言葉にした途端、妙にしっくりきた。剣を振るうことも、魔法を使うことも、誰かに決められたものじゃない。


「いい旅だ」


 彼はそう言って、焚き火に小枝を足した。



 夜明けが近づき、森の色が変わり始める。私は立ち上がり、荷物をまとめた。


「ここで別れる」


 青年は驚いた様子を見せなかった。


「理由は聞かない方がいい?」


「聞いても、同じ答えしか返さない」


「そうか」


 一瞬の沈黙の後、彼は微笑んだ。


「また、どこかで会える気がする」


「根拠は?」


「勘」


 私は鼻で笑う。


「魔法使いの勘って、当たるの?」


「よく当たる」


 少しだけ、胸が痛んだ。


「じゃあ、その時まで」


「うん。その時まで」


 私は背を向け、森の出口へ歩き出す。振り返らなかった。それが、今の私に出来る選択だったから。

よろしければ何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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