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第23章 黒い森で立ち止まる

 王都から離れた道を選び、森を抜ける近道を使って依頼地へ向かっていたのだが、足を踏み入れてすぐ、剣の柄に手を掛けたまま歩調を落とした。


「……静かすぎるわね」


 独り言のつもりで口にした言葉に、木々の間から返ってきたのは、風でも魔物の唸りでもなく、はっきりとした人の声だった。


「静かな森は嫌いかい。僕は好きだけど」


 その声音は柔らかく、敵意を含んでいないと分かっていて、反射的に距離を取った。黒いローブを纏った青年が、木の根に腰を下ろしたままこちらを見ている。整った顔立ちで、月明かりを受けた髪が不自然なほど艶やかだった。


「冒険者が森で立ち止まる理由なんて一つしかないでしょう。あんた、何者?」


 警戒を隠さずに問い掛けると、青年は肩をすくめて笑った。


「名乗るほどの者じゃないと言ったら、ますます怪しく聞こえるかな。でも君が剣を抜かないでいるってことは、少なくとも今すぐ斬る相手じゃないって分かってくれているはずだ」


 その言い方が癪に障り、剣から手を離さないまま一歩だけ踏み出した。


「分かってるのと、信用してるのは別よ。森の奥で待ち伏せする趣味はないってだけ」


「なるほど。言い方は刺々しいけど、判断は冷静だ。君、体の動きがいいね。魔物の気配を探る視線じゃない」


 何気ない一言だったが、胸の奥に小さな引っ掛かりが生まれた。無意識に姿勢を正し、言葉を返す。


「冒険者なら誰でもそのくらい出来るわ」


「いや、出来ない人の方が多い。特に、君みたいに魔力の流れを無意識に抑え込んでいる人はね」


 私は思わず眉をひそめた。


「……何の話?」


 青年は立ち上がり、ゆっくりと距離を詰めてくるが、その足取りに緊張はない。


「魔法の話さ。君、自分が思っているよりずっと強い。でも、それを使うのを我慢する癖がついている」


 その瞬間、胸の奥に溜まっていた何かが、きしむ音を立てた気がした。


「そんなこと、あるわけないでしょう。必要な時に使ってる」


「必要な時、ね。君が思う必要と、体が求めている必要は一致していないみたいだけど」


 私は鼻で笑い、わざと軽い調子で返した。


「随分と分かった風な口をきくのね。初対面でそこまで言われる筋合いはないわ」


「確かに。失礼だった。でも、君がここで立ち止まったのは、魔物じゃなくて自分の違和感のせいだろう」


 図星だった。森に入った瞬間、妙な息苦しさを覚えていた。危険というより、何かを抑え込んでいる感覚に近い。


「……仮にそうだとして、あんたに関係ある?」


「少しだけある。僕は魔法使いで、才能を無駄にしている人を見ると、つい声を掛けてしまう」


 魔法使いという言葉に、私は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに平静を装った。


「助言ならいらないわ。私は冒険者で、先生を探してるわけじゃない」


「分かってる。教えるつもりも、縛るつもりもない。ただ、試してみないかと思って」


 青年はそう言って、何もない空間に手を伸ばした。次の瞬間、淡い光が生まれ、すぐに消える。派手さはないが、魔力の流れが澄んでいるのがはっきり分かった。


「今の、どう感じた?」


「……無駄がない」


 思わず本音が漏れた。


「だろう。君が普段使っている魔法は、もっと荒れている。力が強いから誤魔化せているだけで」


 胸がざわつく。否定したいのに、否定出来ない。


「それで困ってない」


「困る前に変えられるなら、その方がいい」


 青年の言葉は押し付けがましくなく、淡々としている。それが余計に腹立たしかった。


「……今日は依頼があるの。話はそれまで」


 私が背を向けると、彼は引き止めるでもなく、穏やかな声で続けた。


「じゃあ、依頼が終わるまで同行させてくれないか。君の戦い方、興味がある」


 足を止め、振り返った。


「足手まといになったら置いていくわよ」


「それは構わない。僕は後ろで見ているだけだ」


 そうして、黒い森の中で奇妙な同行者を得た。警戒は解いていないし、信用もしていない。それでも、胸の奥に沈んでいた何かが、ほんの少しだけ軽くなった気がしていた。

よろしければ何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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