第22章 通りすがりのままで
屋敷から続く街道をしばらく歩いたところで、一度だけ足を止め、背中に背負った外套と剣の重さを確かめながら、この土地で過ごした短い時間を無理に振り返らないようにしつつ、今の自分がどこに立っているのかを身体の感覚だけで整理していた。
「……リュシア」
聞き覚えのある声が後ろから届き、振り返る前に誰かは分かっていたが、それでも足を止めたまま、完全には向き直らずに応じた。
「何か忘れ物でもあった?」
そう言うと、少し息を切らしたレオンが数歩離れた位置で立ち止まり、昨日まで屋敷の中で見ていた表情とは違う、外の空気にさらされた顔でこちらを見ていた。
「これを渡し忘れていました」
彼が差し出したのは、依頼の報酬が入った小さな袋で、それを受け取りながら中身を確かめ、規定通りである事を確認してから頷いた。
「確かに受け取った、それで用件は終わり?」
「……はい、それだけです」
そう答えながらも、彼はすぐに踵を返さず、その場に立ったまま視線を逸らしたり戻したりしているので、先に言葉を切り出した。
「言いたい事があるなら、今のうちに言えばいい、ここを過ぎたら、私はもう戻らない」
その言葉に、彼は小さく笑い、しかし誤魔化すような調子ではなく、どこか吹っ切れた様子で口を開いた。
「あなたのような人に、初めて出会いました、頼る事も、背中を見せる事も、怖くないと思えた」
「それは、妹さんを守りたい気持ちが強かったからよ」
「それでも、あなたが来なければ、同じ結果にはならなかった」
その断定を、否定もしなかったし、肯定もしなかった。ただ事実として受け取り、それ以上膨らませない事を選んだ。
「ここで立ち止まる話じゃない」
「分かっています」
彼はそう言って一歩下がり、領主としてではなく、一人の男として深く頭を下げた。
「無事で、いてください」
「それはお互い様ね」
短いやり取りを終え、踵を返して再び街道を歩き出す。背後で足音が遠ざかるのを感じながら、剣が腰にある事、足が前に出る事、それだけを確かめるように歩調を整えた。
やがて屋敷も街も視界から消え、風と土の匂いだけが残る場所に出た時、ようやく深く息を吸い、この先に待つ依頼や夜や戦いを思い浮かべる事なく、ただ今の自分が自由に歩いている事を受け止めた。
「私は、通りすがりの冒険者」
誰に聞かせるでもなくそう口にし、その言葉が嘘でも逃げでもないと感じられた事に、満足して歩き続けた。
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