第21章 線を引くということ
屋敷の門をくぐった。背中に視線を感じながらも振り返らずに歩き出し、砂利を踏む音が一定になるよう意識して足を運ぶ事で、さっきまでいた場所との距離を身体の感覚として切り替えようとしていた。
「……リュシアさん」
それでも追いかけてくる足音が止まり、レオンの声が背後から掛けられたので、私は足を止めつつも完全には向き直らず、声だけで応じた。
「何?」
「引き留めるつもりはありません、ただ……きちんと話しておきたい事があって」
その言い方に、私は小さく息を吐き、完全に振り返って彼の方を見た。
「話すなら、短くして、今日中に街を出る」
「分かっています、それでも聞いてください」
彼はそう前置きしてから、一歩こちらに近づき、しかし一定の距離を越えない位置で立ち止まった。
「昨夜の事で、あなたがどれだけ危険な事をしていたのか、分かっています、それでも……あなたに頼ってしまった」
「頼る事自体は問題じゃない」
「え?」
「問題になるのは、境界を曖昧にする事よ」
私の返答に、彼は一瞬言葉を失い、それでも目を逸らさずに続けた。
「だからこそ、今ここで線を引いておきたいんです、感謝と好意は別だと」
その言葉を聞いた時、少しだけ意外に思い、同時に、この若い領主が思っていたよりもずっと現実を見ている事を理解した。
「それが分かってるなら、十分よ」
「……それだけですか」
「それ以上は、いらない」
そう言い切り、彼の横を通り過ぎて歩き出す。
「あなたはこの土地を守る人、通り過ぎる人、それが今の関係」
「もし、違う立場だったら」
その問いに、立ち止まらず、前を向いたまま答えた。
「違う立場なら、違う答えになったかもしれない、でも今は違う」
それは拒絶でも慰めでもなく、事実をそのまま置いただけの言葉だった。
街道へ向かう道に出ると、風が強くなり、外套の裾が揺れる。剣の位置を直し、これから向かう先を頭の中でなぞりながら、余計な感情が追いついてこないよう歩調を早めた。
背後で、レオンが深く頭を下げる気配があったが、振り返らなかった。それでいい。それ以上踏み込めば、どちらかが無理をする。
「気をつけて、リュシアさん」
最後に聞こえた声に、立ち止まらず、片手を軽く上げるだけで応えた。
「あなたも、妹さんを大事にしなさい」
その言葉を投げて、完全に屋敷の敷地を離れ、街道へと足を向けた。剣を振る理由は十分に果たし、ここに残る必要はもうない。
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