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第2章 奪った人は、だいたい喋りすぎる

 王宮の回廊は夜会の準備で人の出入りが激しく、香水と衣擦れの音が混ざり合い、立ち止まっているだけで視線が何本も突き刺さる場所になっていた。

 さきほどの控室から出た私を見つけて、あからさまに歩調を変える者、興味を隠さずに近づいてくる者、逆に距離を取って囁き合う者が現れ、ここが王宮である以上、出来事はすぐに共有されるという現実を、嫌というほど突きつけてくる。


「まあ、リュシア様。お顔色が優れませんわね。やはり急なお話というのは、心身に堪えるものですもの」


 最初に声を掛けてきたのは、いつも中立を装っていた伯爵夫人で、柔らかな笑みと共に腕を伸ばし、私を気遣う仕草を見せながら、その実、情報を引き出そうとしているのが透けて見えた。


「お気遣いありがとうございます。ただ、体調ではなく、少し空気が重かっただけですので」


「そうおっしゃると思いましたわ。でも、王太子殿下とのご関係について、何か変化があったのでは、というお声がすでにあちこちから聞こえてきておりますの」


「耳が早いですね。ええ、関係は変わりました。正式に解消されましたから」


 私が淡々とそう告げると、夫人の目が一瞬で見開かれ、次の言葉が矢継ぎ早に続く。


「まあ、それは大変なことですわ。ですが、殿下もお考えがあってのことですものね。王太子妃というお立場には、確かに求められるものが多くて、剣や魔法よりも、もっと――」


「柔らかさ、でしょうか。それなら、私より適任の方がいらっしゃるはずです」


 夫人は少し言葉に詰まり、周囲に視線を走らせた後で、曖昧な笑いを浮かべた。


「ええ、そうですわね。向き不向きというものは、どうしてもございますから」



 回廊の向こうから、ひときわ明るい声が近づいてくる。

 聞き覚えのある抑揚に、足を止める。


「リュシア様、こちらにいらしたのですね。探しておりましたの」


 マリアンヌ・ロゼが、取り巻きを二人連れて姿を現し、その表情は先ほどよりもずっと余裕に満ちていた。

 控室でのやり取りが、彼女にとって不利に働いた様子はなく、むしろ、立場を得た者特有の昂揚が言葉の端々に滲んでいる。


「何か御用でしょうか。今は、立ち話をする相手を選びたい気分ではありませんので」


「まあ、そんなつれないことをおっしゃらずに。私、誤解されたままでは嫌ですの。皆様もお聞きになりたいでしょうし」


 彼女はわざと声を張り、周囲の貴族たちが自然と足を止める距離を作る。

 集まった視線の中心に立つことを、彼女は迷いなく選んだ。


「誤解、ですか。では、どの点についてでしょう」


「奪った、などという言い方ですわ。私、そんなつもりは少しもありませんでした。ただ、殿下が悩んでいらして、そのお話を聞いて差し上げただけですの」


「悩みを聞いた結果、婚約が解消され、ご自分が新しい立場に収まった。因果関係としては、十分に分かりやすいですね」


 マリアンヌは胸に手を当て、困ったように眉を下げる。


「冷たい言い方ですのね。でも、殿下は常に国のことを考えておられますわ。私も、そこに共感しただけですの。剣や魔法に心を奪われて、王妃としての役目を軽んじる方よりも、支え合える存在が必要だと感じただけで」


「支え合う、ですか。では、具体的にどのように支えるおつもりなのか、ここで話してみてください。遠慮なく聞きます」


 周囲がざわめき、取り巻きの一人が慌てて口を挟む。


「リュシア様、そのような詰問は――」


「詰問ではありません。比較です。私が不要だと言われた要素と、彼女が提供できる要素、その差をはっきりさせたいだけです」


 マリアンヌは一瞬だけ言葉を探し、それから勢いよく語り出す。


「殿下のお話をよく理解し、感情の揺れにも寄り添えますし、場を和ませることも得意ですわ。強さを誇示する必要はありませんし、危険な訓練をなさらなくても、十分に価値を示せますもの」


「なるほど。つまり、危険なことには関わらず、強さを示さず、守られる立場でいるという選択ですね。それを否定するつもりはありません。ただ、それを私に求められても、応じられなかっただけです」



 そこへ、低く落ち着いた声が割って入る。


「その話題、ここまでにしてもらおうか」


 セルヴェール殿下が姿を現し、集まった人々に向けて、理路整然とした調子で言葉を並べ始める。


「婚約解消は、私の判断だ。誰かを責める話ではないし、これ以上の詮索は無意味だろう。リュシアも、感情を抑えるべきだ」


「感情、ですか。殿下は便利な言葉をお持ちですね。ご自身が選んだ判断について語るのは理性で、私が自分の立場を明確にするのは感情だと区別されるのですから」


「言い方の問題だ。君はどうしても、角が立つ表現を選びがちだ」


「ええ、そうですね。遠回しな言葉で自分を削るより、はっきり言う方が性に合っています」


 殿下はため息をつき、周囲に向かって説明するように続ける。


「王太子妃には、剣を振るう力よりも、国をまとめる柔らかさが必要だ。それを理解できない点が、今回の判断に繋がった」


「理解できなかったのではありません。理解した上で、受け入れなかっただけです。その違いは、大きいと思いますよ」


 ざわめきが一段と強まり、誰かが小声で感想を漏らす。


「つまり、価値観の不一致ということか」


「そういうことだな」


「随分とはっきりしている」



 会話が途切れる気配はなく、誰もが言葉を重ねることで、自分の立場を守ろうとしていた。

 一歩下がり、集まった人々の視線から少し距離を取る。


「これ以上、ここで言葉を重ねても、誰かが納得するわけではありません。私の選択をしましたし、殿下も殿下の選択をなさった。それで十分です」


「逃げるのですか?」


 マリアンヌの声が背中に届く。


「いいえ。区切りをつけるだけです。ここは、私が居続ける場所ではありませんから」


 そう言い残し、回廊の端へ向かって歩き出す。

 背後では、まだ誰かが何かを言っていたが、立ち止まる理由はなかった。

よろしければ何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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何が何でもマウントを取りたがるマリアンヌ
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