第15章 薬草は取れた、命も残った
山を下り始めた時点で空の色は少しずつ傾き始めており、戦いの熱が残った身体に冷たい風が当たるたび、ようやく自分が無傷ではない事を思い出させるような鈍い痛みが肩から背中へと広がったが、歩みを止める選択肢は最初からなく、少年の少し前を歩きながら、後ろを振り返らずに町への道を進んだ。
少年は何度もこちらに声を掛けそうになり、そのたびに言葉を飲み込んでいる様子だったが、それは私が今は話す余裕がないと察したからであり、その判断が出来る事自体、彼がただ守られるだけの存在ではないと示していた。
山道を抜け、町の外れに辿り着いた頃には日が沈みかけており、門番の姿が見えた瞬間、少年の足取りが一気に軽くなったのが分かったので、その変化を横目で捉えつつ、最後まで気を抜かずに歩き続けた。
「おかえりなさい」
門番のその一言に、少年が思わず駆け出しそうになるのを手で制し、まずはギルドに顔を出す事を優先したのは、依頼として受けた以上、筋を通す必要があると考えたからで、彼を連れてそのまま広場を横切り、看板の下へ向かった。
昼間と同じ扉を開けると、酒場は少し騒がしくなっており、カウンターの男がこちらを見て目を見開いた瞬間、薬草を包んだ布をその上に置いた。
「依頼は完了、薬草は無事、報酬はこの後でいい」
簡潔にそう告げると、男は布の中身を確認し、驚いたように息を吸い込み、少年と私を交互に見比べたが、余計な言葉を挟まずに頷いた。
「……生きて戻るとは思ってなかった、いや、失礼、町の薬師を呼ぶ、すぐにだ」
その判断は早く、数分もしないうちに年配の薬師が呼ばれ、薬草を一目見た瞬間に表情を変え、急いで少年を伴って町の一角にある小さな家へ向かったので、その後を少し距離を取って追いながら、胸の奥に溜まっていた緊張がゆっくりと解けていくのを感じていた。
家の中は薄暗く、寝台の上にはやせ細った女性が横たわっており、その顔色を見た瞬間、時間的な余裕がほとんど残っていなかった事が分かったが、薬師は迷いなく薬草を処理し、煎じた液体を女性の口元へ運んだ。
少年はその様子を息を詰めて見守り、私もまた、壁にもたれながら成り行きを見届けていたが、しばらくして女性の呼吸が落ち着き、顔色にわずかながら血の気が戻ったのを確認した時、部屋の空気が一気に変わった。
「……効いてる」
薬師のその一言で、少年の膝から力が抜け、床に座り込んだ瞬間、彼の堪えていたものが一気に溢れ出したのが分かり、視線を逸らしながらも、その場を離れなかった。
女性が目を覚まし、弱々しく少年の名を呼んだ時、彼が声を上げて答えようとするのを見て、思わず口元を引き結んだが、それは止めるためではなく、ここに自分が入り込む余地はないと理解したからだった。
しばらくして落ち着いた頃、少年は私の前に立ち、深く頭を下げ、何度も礼の言葉を重ねたが、その一つ一つが長くなりそうだったため、途中で手を上げて制した。
「もういい、約束通り依頼は終わった、それ以上でも以下でもない」
そう言い切ったのは、感謝を拒んだわけではなく、ここで線を引かなければ、彼が次に何を言い出すか予想がついたからであり、案の定、少年は一瞬言葉に詰まった後、はっきりとした声で言った。
「……僕、あなたと一緒に行きたいです」
その言葉が出た瞬間、部屋の空気が静まり返り、女性が不安そうにこちらを見る視線を感じたが、すぐには答えず、少年の目を正面から見据えた。
「それは出来ない」
即答だったが、突き放す響きにならないよう、声の調子だけは意識して整えた。
「私は旅をしてる、危険な場所にも行くし、今日みたいな事も何度も起きる、あんたを連れて行く道じゃない」
少年は何か言い返そうとしたが、それを待たずに続けた。
「母親は今助かった、これからは町の人間に頼れる、あんたがやるべき事はここに残る事」
その言葉に、少年の表情が揺れ、納得出来ないまま唇を噛む様子を見て、これ以上話を長引かせる事が互いのためにならないと判断し、踵を返した。
その夜、宿を取らず、町の外れで簡単に休息を取り、夜明け前には装備を整え、誰にも声を掛けずに町を出た。
背後で足音がしない事を確認しながら歩き続け、振り返らなかったのは、別れを言えば少年が追ってくると分かっていたからであり、冒険者として選んだ道を、最後まで自分の足で進む事を選んだ。
こうして一つの依頼は終わり、名前も残さず、礼も受け取らずに去る形になったが、それで困る事は何もなく、次の土地へ向かう道の先を見据えながら、剣の重みを確かめるように歩き続けていた。
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