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消えた隣人  作者: 煌閃
3/4

「隣の男¿」

最後のページに書かれていた、震えるような文字。

それは、田中さんのものでも、ましてや私の筆跡でもなかった。

「もう、隣の男ではない。私は、隣の男になった。」

その一文が意味するものを、私は理解できずにいた。

全身の血が逆流するような感覚。

しかし、恐怖よりも先に、底知れない好奇心が湧き上がってくる。

私は、もう一度日記を最初から読み返した。

一冊一冊、丁寧に。

そして、ある事実に気づいた。

日記に書かれた「隣の男」の行動が、私の記憶と乖離し始める、ちょうどそのタイミングで、筆跡が変化し始めている。

「6月11日。隣の男が、ベランダで植木鉢を割った。」

までは、田中さんの筆跡。

「6月12日。隣の男が、会社で大きなミスをして、上司にひどく叱責されているのを目撃した。」

からは、私の筆跡とそっくりな文字。

つまり、田中さんは、日記を書きながら、徐々に私に「変身」していったのではないか?

私は、田中さんの部屋を思い出そうとした。

ドアを開けた時に見た、あの整理整頓された部屋。

しかし、私の記憶にある部屋は、なぜか、いつも散らかっている私の部屋と、混ざり合ってしまっていた。

その夜、私は眠れなかった。

天井を見つめていると、不意に、隣の部屋から物音が聞こえた。

コップに氷を入れる音。

そして、スプーンでかき混ぜる音。それは、私が毎晩寝る前に、グラス一杯の水を飲む時に出す音と、まったく同じだった。

「まさか……」

私は飛び起きて、隣の部屋との境にある壁に耳を押し付けた。

音は止まっていた。

しかし、私の心臓の鼓動だけが、煩いほどに響いていた。

その翌朝、私は玄関のドアを開けた。

すると、隣のドアの郵便受けに、一枚のチラシが挟まれていた。

そこには、「消えた隣人」の捜索願が印刷されていた。

写真の男は、田中さん。

しかし、その顔は、私の顔に、なぜか、だんだん似てきているように見えた。

私は、自分の顔を鏡で見た。

そこに映っていたのは、田中さんではなかった。

しかし、私の瞳は、まるで田中さんの瞳のように、どこか虚ろで、深く沈んでいるように見えた。

私は、日記の最後のページに書かれていた言葉の意味を、ようやく理解した。

田中さんは、私を観察し、私になりたかった。

そして、いつの間にか、私と彼の人格が、入れ替わってしまったのだ。

私は、恐怖にかられ、部屋を飛び出した。

エレベーターに乗り、一階へ向かう。

しかし、エレベーターの扉が開いた先は、一階ではなかった。

見慣れない場所。

だが、どこか見覚えのある場所。

それは、田中さんの部屋だった。

「おかえりなさい、私」

誰かの声が聞こえた。

しかし、部屋には誰もいない。

私は、部屋の壁際に積み上げられた日記の束を見た。

その中の一冊の表紙には、「2025年10月31日」と記されていた。そして、日記の最終ページには、震えるような文字でこう書かれていた。

「もう、隣の男ではない。私は、隣の男になった」

私は、自分の日記を書き始める。

そして、いつか、この部屋の隣に住む、次の「隣の男」を観察し始めるのだ。

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