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消えた隣人  作者: 煌閃
2/4

隣の男

背筋に冷たいものが走った。

プリン。

そうだ、あの日はたしかに、午後の三時を待たずにコンビニへ行ったはずだ。

いつもは時間厳守の、まるで自らに課した罰則かのようなルーティンを崩したのは、急な来客があったからだ。

それは、故郷から出てきた、数年ぶりに会う従兄弟だった。

「なんで、田中さんが知ってるんだ?」

私は日記をめくる手を止め、固唾をのんだ。

奇妙な記述はそれだけではなかった。

「6月11日。隣の男が、ベランダで植木鉢を割った。

大きな音がしたから、すぐに気づいた」

たしかに、その日の朝、私はベランダで不注意から植木鉢を落として割ってしまった。

誰にも見られていないと思っていた。

隣の部屋とはベランダでつながっているが、仕切り板があるため、向こうからこちらを覗き見ることはできないはずだ。

私は日記に書かれた、自分だけが知るはずの出来事を、まるで自分の記憶を辿るかのように読み進めていった。

田中さんは、まるで私を、私自身よりも正確に観察していたかのようだ。

彼は何のために、そんな日記をつけていたのだろう?

そして、なぜ、私に関する記述が、私の記憶と寸分違わず一致しているのだろうか?

ある日、日記の中に、決定的な記述を見つけた。

「6月13日。

隣の男が、会社で大きなミスをして、上司にひどく叱責されているのを目撃した。彼は、きっと落ち込んでいるだろう」

私はその記述を読んで、凍りついた。

なぜなら、その日の私は在宅勤務で、一日中部屋から一歩も出ていなかったからだ。

会社で上司に叱責されるなど、物理的にありえない。

それに、幸いなことに、私は最近、仕事で大きなミスなど犯していない。

ここで、日記の中の「私」と、現実の「私」の間に、決定的な亀裂が生じた。

私は他の日記を次々と読み漁った。

日付が古くなるにつれて、田中さんの日記に書かれている「隣の男」の行動は、私の過去の記憶と乖離していく。

あたかも、別の人間を観察しているかのようだ。

だが、なぜか、日記の記述が、私の過去の出来事と一致している部分も、たしかに存在する。

混乱した頭で、私はある可能性に思い至った。

もしかしたら、田中さんは、私ではない「誰か」を観察していたのではないか?

そして、その「誰か」と、私には、何らかの共通点があるのではないか?

私は、もう一度、日記の最初から読み返してみることにした。

すると、奇妙なことに、日記の筆跡が、日に日に変化していることに気づいた。

最初は、几帳面で丁寧な文字。

それが、次第に丸みを帯び、最後には、私自身の筆跡と見間違えるほどに似通っていた。

そして、最終ページに辿り着いた時、私は全身の血が凍るような感覚に襲われた。

そこには、田中さんの筆跡でも、ましてや私自身の筆跡でもない、奇妙な、震えるような文字で、こう書かれていた。

「もう、隣の男ではない。私は、隣の男になった」

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