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夜明けの星  作者: 糸川
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C’est la vie




「重すぎっ…!!!」

再婚した母親から離れて、叔母の家に引っ越してきたマリエル・モニエは本の詰まった段ボールを必死で自分の部屋に運ぶ。

窓の外は春の陽気だ。



グラナトゥム王国は別名春の国とも呼ばれ、昔から農耕や花の栽培、豊富な鉱石が取れることで有名で、特に春のこの時期は国中の地域で花祭りをやることが多く、正直引越し作業より外に遊びに出て行きたい。



「若くてこんなに可愛いのに服より本が多くない?」

紙タバコを燻らせて壁に寄りかかりながら、叔母のアンナが言う。


「ある程度、服の決まりつくってるから少なくても大丈夫!そもそも用もなく外に出ないし」

マリエルは自分を可愛がってくれる叔母に可愛いと言ってもらえて嬉しくて笑顔を返しながら、内心自分では美人ではないと判断していた。


ブルネットの巻き毛に煙が立ち込めたような灰色の瞳、透明感のある真っ白な肌のマリエルは清冽な印象の少女だ。

しかし世間や学校ではブロンドでスポーティな出るところが出ている子がやはり男女共に人気だし、美しいとされている。

対して私はスポーツはできる限り避けたいし、外に出るよりインドアを決めて本を読むのが大好きだ。


叔母のアンナは高身長で短髪のプラチナブロンドの格好いい美女だ。細身でスタイルがよくどんな服でも着こなせてしまう。瞳はアイスブルーで髪と合わせても色彩がほぼないので初めに抱く印象は美しいけれど人間味がなく近寄りがたい人だ。

しかし、ニカッと大胆に歯を見せた笑い方で一気に親しみが湧くし、映像クリエイターの仕事の兼ね合いでいろんな地域を飛び回っており話も豊富で一度彼女と話すとみんなが彼女を好きになってしまう。

インドアなマリエルからすると理解の範疇外なくらいアウトドアな人だが、マリエルとアンナは仲がいい。

マリエルはアウトドアにはどうしてもなれないがアンナには憧れているし、今回の引っ越しも快く受け入れてくれて本当にこの人の姪で良かったとしみじみ思っている。


************



マリエルの母、アルクス・モニエは派手な顔立ちだ。髪はマリエルと同じブルネットで瞳は深い青。今では年齢相応にシワがあるにも関わらず、それも魅力の一部にしてしまう。

若い頃はデートのお誘いが絶えなかったらしい。


ただ、アルクスは好きになる男性の趣味は悪かった。

マリエルの父イディオは彫刻家で、よくわからない作品を粘土で大量に作っていた。

イディオは資産家の息子で中性的な色白のなよっとした男だったが、アルクスはそれが母性本能をくすぐられて良かったらしい。

アルクスは彼を理解できるのは私だけとイディオを口説き落とし、イディオも美しいアルクスと付き合えて満更でもなかったらしい。しかしアルクスが妊娠しているのがわかると『子どもはいらない。結婚もする気はない。恋愛はしたいけど僕は僕の芸術に生涯を捧げるつもりでいる。作品が売れなくて乞食になってもかまわない』などとトンデモなことを言い出したと言う。

それでも結婚したいと困って資産家のイディオの父──ボスコに泣きついた。

ボスコはケジメをつけろ!!とイディオに一喝し、式や家、指輪の費用に至るまで全て用意し、二人を結婚させた。

イディオは売れない彫刻家だったので結婚できるタイミングはここしかない!!とボスコ自身も内心必死だったのだろう。嫁のアルクスに逃げられてはたまらないと指輪はやけに豪華だったし、家は子育て世帯に人気な緑豊かな郊外の土地に贅を凝らして建てられていた。


それからアルクスはイディオにあれこれと尽くしていたが、ボスコが亡くなったことをきっかけに離婚。マリエルはまだ5歳だった。

アルクスは婚前妊娠したことで実家からは勘当されていた。

このことを知っていたボスコは遺言で唯一の孫のマリエルと嫁アルクスに今後の生活に困らない財産を遺そうとアルクスを養子にしていた。 イディオには慰留分の遺産のみだったが「やっと僕の人生を謳歌出来る」と早々に家から出て行った。


マリエルから見ても父はいい夫ではなかった。それでも母は父を愛していたようで離婚してげっそりと痩せてしまった。

そして抜け殻になった母がすがったのは国教の教えの中でも過激派の宗派だった。

国教自体は全国民が信仰してるので問題ないが、アルクスがハマったのは教えの一部を切り取りカルト的になった宗派だった。教義は神は選ばれた人に試練を与えると言った内容だ。辛いことがあればあるほど神に愛されているということらしい。

月に2回程度、よくわからない集会に連れて行かれマリエルは不満だったが、何が原因であっても母が元気を取り戻していくのが嬉しかった。


マリエルが中学生にあがり、アルクスはテレビやゲームなどは俗っぽい趣味、頭が悪くなると捨てたり、よくわからない集会に連れて行かれて感想をいうように強制したりするようになって、マリエルは母と距離を置きたくなってきた。

母の悲しむ顔を見たくなくて家では本を読んで静かにしていたし、集会のあとはそれらしいことを言ってその後は貝のように押し黙った。



周りの仲の良かった友人もカルトちっくな教えに染まった母を持つマリエルに対して少しずつ距離をあけていってしまった。

しかし細々とながら友情はそれでもあった。


決定的に疎遠になったのはアルクスがマリエルの学校の先生と恋に落ちたことだ。

先生はどんどんアルクスに染められていき、授業でも授業内容とは関係ない自己啓発のような発言が多くなってきた。

学校からその先生がクビになるまで時間はかからなかった。

それ以降、マリエルは元友人たちを避け、息をひそめるようにして卒業まで存在感を消した。



アルクスは元先生と事実婚した。

マリエルは高校に進学したが、アルクスから強制的に集会に連れて行かれるのは続いていた。また、結婚したことによって元先生も一緒に家にいるようになった。

カルトちっくなところ以外はマリエルは母が好きだったが、どうしても母の女の部分を見ているのは気分が悪く、イヤイヤながらもイディオに連絡をとった。イディオは煩わしそうにしながらも話を聞いてくれ、

「僕は製作で忙しいし、君になんてかまってられないんだよ。僕の妹──マリエルにとっては叔母だね──首都かその近郊に住んでるからアルクスのそばが気まずいなら住まわせて貰えばいい。伝えとくよ」

相変わらずメチャクチャだ。

マリエルが反論しようとしたら電話は切られていた。

マリエルは叔母とは面識がなかったし叔母からしても迷惑だろうと思ったが、その後叔母から連絡がきた。




叔母アンナはマリエルを心底心配してくれ、とりあえず一度会おうとファミリー向けの安価なレストランで会うことになった。

アンナは本当に父の妹なのかと思うほど社交的で自立した素敵な女性だった。

「あなたの父親だからあまり悪く言いたくないけど、振り回されて困ってない? 私はあの兄に本気で腹が立つことがあるよ。マリエルちゃんの話聞いたあと、私の話も聞いてくれない?」

マリエルは母が再婚したから新婚の二人を邪魔したくないと一番当たり障りのない話をするつもりだったが、アンナは聞き上手でマリエルの今置かれた立場を全て聞き出してくれた。

父のように無関心でも母のように抑圧的でもない、マリエルのことを尊重してくれて且つ親族として踏み込んで話してくれる大人は初めてだった。

マリエルは自分の置かれている状況を誰にも話すことができなかった。

衣食住と生活に不自由はしてないし、外出だって自由だ。

一般的な父親は家庭より仕事に従事しがちであるし、それが原因で離婚なんてよくある話だ。母親は娘を心配して良かれと思って色々お小言を言ったり行動の制限をかけがちだ。

そういう風に考えると普通だ。

可哀想なんかじゃない。ただちょっと困ってる。


困ったと相手に伝えていいことにマリエルは嬉しくて泣いてしまった。



──その後アンナは母アルクスとすぐに話し合いの席を設け、マリエルの引き取りを申し出た。

アンナは父との離婚があった際にアルクスを助けてくれたらしく、アルクスは頭が上がらないようだったし、元先生はアルクスと二人の時間がやはり欲しかったようだ。

多少アルクスも反対したが最終的に娘をお願いしますとアンナに言ってくれた。




**********


そして現在、マリエルは二学年に上がるタイミングで首都ガーネットの高校へ転入することになっている。


自分に割り当てられた部屋の本棚にどんどん本を詰め、マリエルなりにかわいいインテリアにしていくのは楽しかった。


「マリエル、一息ついたらコーヒー飲んで花祭りの屋台についてきてよ」

アンナが目を細めて笑いながらマリエルに言う。

マリエルは瞳を輝かせて頷いた。







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