闇に包まれた世界
そんなヨッタを尻目に、外国人はゆっくり立ち上がる。その様はまるでマリオネットだ。足がふらついているのに、胴体だけは真っ直ぐに起き上がる。
言ってる言葉も支離滅裂だ。最初英語を喋っていた筈だが、別の言語に変わっていく。ラテン、ハングル、ようやく日本語を喋った。
「コロス。コロス。コロス」
およそ人とは思えぬ機械的要素を含んでいた。
「ラジオか」
ヨッタがぼそりとつっこむ。
ゆっくりとヨッタに視線を向ける外国人。
「オイラハ。ヒトダ」
一気に襲いかかる。
それは常識では考えられぬ素早さだった。そのロケットみたいな動きに、ヨッタは身動きひとつ取れない。
「ワン!」
咆哮が響いた。白いなにかが侵入してきて、外国人を弾き飛ばす。
「お前、どうして?」
現れたのはクッキーだった。ヨッタとの間に立ちはだかり、外国人を威嚇する。
「助けに来てくれたのか」
その大きな身体が逞しく思える。その背中から尻尾にかけてのラインが、龍の翼のように雄々しく見えた。
そのクッキーの勇姿には、権藤も度肝を抜かれたようだ。
「珍しいペット、飼ってんな」
ペッとくわえた煙草を吐き捨てて、寝転がる外国人を睨む。
「人だって? 生意気な口たたくじゃねーか!」
すかさず走り出し、外国人を掴みとると、再びプロテクターを外しにかかる。
「今度は本気だ!」
ヨッタは目を疑った。権藤の両掌から、青白い輝きが放たれる、バチバチの放電して、視界を幻惑する。
かすかに見える光景。その中でプロテクターは確実に引き剥がされていく。その下から現れたのは、無数の配線や管だった。長きは様々。数センチだったり、一メートル近くだったり。
異様なのはそれが意思を持ったようにクネクネ動いていること。エビなどの甲殻類を思わせる。
「ようやく確保したぞ」
それを目の前にかざす権藤。
「チュパカブラだね」
通信相手が言った。
「チュパカブラ?」
呆然とそのやり取りを窺うヨッタ。その横では、クッキーが嬉しそうに尻尾を振っている。
「こいつが寄生して、操作してたから、こいつが暴れだした」
手にするそれと、倒れる外国人を交互に見つめる権藤。
「正解には、既に死んでた。だから操作するにも支障があった。だから他の宿主を探そうとしてた。でしょ?」
外国人はピクリとも動かない。どうやら、完全に死んでいるようだ。鑑識でないので、正確には分からないが、死後数日経過してるのは確実だろう。
「ねぇ、これはいったいどういうことなの?」
堪らず問い質すヨッタ。その頭の中は戸惑いと困惑、そしてちょっぴりの好奇心しかなかった。
「てめえ、俺は先輩だぞ」
ムカつき加減に視線を向ける権藤。それでも、まぁいいや、とばかりに舌打ちする。
「説明なんざあるか。ここで見たことは他言無用だぞ」
「だけど」
不快を顕にするヨッタ。そう言われて納得出来る筈もない、流石に色々ありすぎた。
「これだから駆け出しは」
バリバリと髪を掻きあげる権藤。
「お前が見た殆どはフェイクだ。こんな機械仕掛けのオモチャ、どこにでもある」
「オモチャ。……そうは見えなかったけど」
「最近のオモチャは巧妙にできてんだよ」
権藤の言うとおり、これぐらいのギミック、最先端の科学なら可能だろう。しかし死人が動く、というのは解せない。どう見てもオカルトの類いだ。
「それに、秘密を守るのも警察の仕事だろ」
「それって守秘義務って奴?」
「あらぬ噂で、市民を不安にさせない、ってことだ」
街の喧騒に乗って、サイレンの音が響いてくる。どうやら応援の部隊が駆け付けたようだ。
チュパカブラのギミックは、まだ動きを止めていないようだ。ピクピクと管が動いている。
権藤がそれに歩み寄り、右手で掴み上げる。
「とにかく今日のことは忘れちまえ。上への報告は俺がしとくから」
煙草を口にくわえ火を点ける。
ガシャーン! 窓を突き破り、巨大な物体が飛んできた。
権藤は虚を突かれたようだ。反応が少し鈍い。
咄嗟に反応したのはクッキー。物体目掛けて大きく飛びかかる。
それはクッキーを直撃した。そのまま権藤を巻き込む。なだれ込むように二人、勢いよく数メートル吹き飛ばされた。
かろうじてヨッタは無事だ。それでも風圧で、その場に尻餅をついた。
「えーーっ?」
そしてまたテンパった。
その物体は人間だった。身長170センチ程のロン毛の若者。異様なのはその腹部がパンパンに膨れていること。直径にして1メートルはあるだろうか。まるでゴムまりだ。
反対側から聞こえるカサカサという音でヨッタは視線を変えた。
それは床に転がるチュパカブラのギミックだ。権藤の手から離れたことで、再び動き出したらしい。
「ヤバいよツガイの方だ」
「くそっ、メスがいるの忘れてた。まさかここまで成長してたとは」
権藤は上体を起こし、必死に立ち上がろうとしている。彼からしても予測不能だったようだ。
その間にチュパカブラはビョンと飛び起きて、がさがさと動き出す。その先にいるのはヨッタだ。中央から伸びた管がユラユラうごめいた。
ヨッタは見えざる恐怖に怯えるように、尻をついたまま後ずさる。
その首筋に、チュパカブラの伸ばす管が突き刺さった。
「うぎゃー!」
まるで火鉢を押し付けられたような強烈な痛みが襲いかかる。その激痛に床をのたうち回る。外そうと首に手を伸ばすが、感覚が麻痺して思うように行かない、熱いのか冷たいのか、それすら分からない。徐々に意識さえ消えていく。目の前が古いモノクロ写真のように色褪せていく。溶けたフイルムみたいに細切れになった。
朧気な意識、権藤が立ち上がるのが映る。
……喰らいやがったな……
……手遅れだ……
……楽にしてやる……
青白い輝き、世界の全てが、バチバチと音を発てて放電する。
やがて世界が闇に包まれた。




