事件の一報
タカボンはフェンスにもたれ掛かり煙草を吹かしていた。
屋上から見上げる空が青い。風も穏やか。遠く港湾を行き交う船の汽笛が、子守唄のように思えていた。
昼下がりの屋上のベンチでは、二人の制服警官が、弁当を広げて昼食を摂っている。とはいえ端から見たら雑談だ。飽きもせずに、ガヤガヤ談笑している。芸能ネタ、おしゃれのネタ、食べ物ネタ、話題は尽きない。
「聞いた、本部から来た刑事の話」「聞いた。警備……なんだっけ?」
「外事課、だべ?」
ボソリと言い放つタカボン。
二人が視線を向ける。「それです」「流石ですね」
「一応な」
とはいえ神奈川県警本部、ましてや細かい組織体系など知らない。外事というからに、外国人、つまりは他から来た奴ら、対応組織だろうが、胡散臭くて理解しようとも思わない。
「どうせヤクザみたいなイカれたオッサンなんだろ」
知ってるのはそれくらい。胡散臭さで言えば、そこら辺のヤクザと同じだ。
返事はない。何故か視線が痛い。
「なんだよ」
堪らず振り返る。
「そんなこと一条さんが言っても」「説得力がない」二人の視線はタカボンの頭に注がれている。派手な金髪のアフロヘア。彼のトレードマークだ。
「確かに俺、カッコいいもんな」
タカボンはスーツの内ポケットから手櫛を取り出して、髪を掻き分ける。因みにスーツはアルマーニの特注品。
二人は苦虫を噛み潰したようにモゴモゴしてるが、そんなのお構い無しだ。
その時。緊急を知らせる署内放送が響いた。「管内にて傷害事件発生。場所は伊勢佐木モール……」
それでタカボンの表情も真顔を帯びる。フェンスから顔を突き出して、地上付近を見つめる。
ここは神奈川県警みらい署の屋上。地上までは六階。階段を降りていては時間が掛かる。
署の出入口はこの真下だ。放送を聞いて、署員達が次々と出て来ていた。響き渡る甲高いサイレンの音。赤い光を揺らし、次々とパトカーが出動していく。
出てくる署員の中に見慣れた姿があった。亜麻色のポニーテールの髪に、紺色のスーツを着込んだ女。上着は脱ぎ捨てて、左手で肩に担いでいる。
「詩織、ここだ!」
タカボンが右手を突き上げる。
視線を上げる詩織。その端正な顔の眉間にシワがよる。同じく数人の署員が訝しげに見上げた。
その頃にはタカボンは飛び降りていた。垂直な壁に飛び乗り、勢いを付けて別の壁を蹴り、三角飛びの要領で降りていく。
「行くぜ」
そして詩織の前に華麗に着地した。
猿だ、馬鹿だ、始末書だ、辺りからボソッと声が漏れる。
だがタカボンは気にしない。詩織は終始笑顔。他の署員もそれ以上つっこまない。これが日常で、つっこむだけムダだから。
「伊勢佐木モールだな」
タカボンが銀色の車に乗り込む。日産スカイライン、通称ケンメリ。彼の愛車だ。
「そうです」
その助手席に詩織が乗り込んだ。すかさず赤いパトランプを取り出す。
こうしてケンメリは、現場に向けて走り出したのだ。




