夢は続いている
その日ヨッタは非番だった。
空は快晴。真っ青な空に、ビル群の白い輪郭が映える。港の方から吹き込む風は、初夏の陽気と異国情緒漂う匂いも含んでいる。
そんな状況だから自然と心も身体もウキウキしてくる。家に籠ってゲームしているのも勿体ない。出かけるには最高のコンディションだ。
出かけるといっても目的はない。いわゆる散歩。ついでだから愛犬であるクッキーの散歩も兼ねる。
平日の昼下がり、ショッピングモールはそこそこの人々で賑わいを見せていた。買い物を楽しむ主婦二人連れ、営業の最中らしきサラリーマン、リヤカーで荷物を運ぶ配達員、どう見ても高校生ぐらいの三人は授業をサボっているのか。
むろんヨッタのようにヒマをもて余す若者もいる。目的は様々だが、誰もがこのひとときを楽しんでいた。
ヨッタは欠伸をかきながら、クッキーを連れて通りを歩いていた。
クッキーは二メートルはある大型犬だ。白いモフモフの毛並みで、人懐こく頭も良く、おとなしい性格の持ち主だ。本来なら、ハーネスで繋がなくてもいいが、コンプライアンス的にそうしている。血統はおそらく雑種。おそらくというのは、譲り受けたから。譲った当人が、雑種だと言っていた。唯一分かっているのは、出身はアメリカだということ。譲った当人がアメリカ在住なのだ。
通りの両側は、幾多の店舗が軒を連ねている。衣服をレイアウトしたおしゃれな衣服店、曳き立てのコーヒーが香る喫茶店。派手なネオンのパチンコ屋、ガンガン音が響くゲームセンター。シャッターが閉じられているのは居酒屋などが軒を連ねる雑居ビルだ。縦一列に店舗名が記されたカンバンが並ぶ。
そのうちの一角でヨッタは足を止めた。そこは家電量販店。通りに面して並べられたテレビ画面には様々な画像が映っている。
「おっ、ヒーローマン」
ヨッタの興味を奪ったのは家庭用テレビゲームのデモ画面だ。特撮ヒーローモノで、襲いくる敵をバッタバッタとやつけるもの。発売日まで数日を切っている。
ヨッタの趣味はテレビゲーム。特に特撮ヒーローモノが大好き。小学校の卒業文集に、将来の夢はヒーロー、と書いたぐらいだ。
このゲームのデモは幾度となく見ている。それでも夢中になる自分がいる。現実離れしているとは理解するが、いつかはこうなりたいと思う自分がいる。
「きゃっ!」
耳鳴りだろうか、誰かの悲鳴が聞こえた。
ここは車両進入禁止の歩行者天国になっている。車の姿はなく、排音は数百メートル奥から聞こえるぐらい。ガヤガヤした雑踏の音が聞こえるのみ。
「助けて!」
再び叫びが聞こえた。今度ははっきり悲鳴だと分かる。
辺りの人々もそれに気づいたようで、キョロキョロ視線を巡らせている。
声はヨッタの後ろから聞こえた。腰をひねり、後ろを振り返る。
そこには人だかりが出来つつあった。その中央、主婦らしき一人の女が、遊歩道の上に座り込んでいた。三十代ぐらいの小太りな女。右手で首筋を押さえ、怯えるように後ろに後ずさっている。着ている白い衣服の襟が赤く染まっている。どうやら怪我をしているようだ。
ヨッタはクッキーのハーネスを、近くの車両止めポールに繋ぐ。
すかさず女の側に駆け寄り声をかける。「どうしましたか?」
女はテンパった様子だ。蒼白になり、ヨッタを見つめるだけ。
「怪我してますよね」
言ってヨッタは怪我の状態を確かめる。手で覆っているため、詳しい状態は分かりかねる。しかし出血の具合からして、酷い怪我ではないようだ。
側にいた女が、「救急車呼びます」と言って電話をかける。
コクりと頷くヨッタだが、そこで気が付く。自分は非番で制服を着ていないと。ジーンズにTシャツでは自分の素性は示せない。
腰に掛けたポシェットから、警察バッチを取り出して提示する。
「自分は警察です」
彼の生業は警察官。この近隣で交番勤務をしている。
それで女もようやく状況を把握したようだ。
「いきなり男がぶつかって来たんです」
震える声で伝える。
「どんな男です?」
「あの男です。あの外国人」
女が指差すのは、1メートル程おくの人だかり。指差されていると気付くと人だかりが割れる。
それでヨッタも気付いた。その割れた中央、男がキョドったように右往左往している。背の高い外国人と覚しき男。チノパンにブルーのシャツ。野球帽を深く被っている。
視線に気付くと、踵を返し逃げ出した。
「誰かこの人を頼みます。それと警察を呼んで下さい」
ヨッタが腰を浮かす。すかさず走り出した。
ヒーローになる夢はとっくに諦めた。現実世界でそれは無理。ましてや非力な自分にはこなせる筈もない。
それでも人々を救いたい、正義の為に力をふるいたい。その想いだけは消えなかった。だからこそ就いた職業が警察官。
夢は続いている、街の平和は俺が守る。




