替え玉と隠し球
彼は、作品を書き上げた。彼、渾身の傑作である。
彼は、出版社に持ち込み、作品を見て貰った。
出版社の担当は、ふむふむと嬉しそうに頷く。反応は、上々だと思った。
担当編集者と握手を交わし、作品を託して彼は席を立つ。
翌日良い返事をくれるだろう。
しかし、翌日、良い返事は来なかった。
次の日、テレビに知らない男が出演していた。彼が一昨日、出版社に持ち込んだ作品の作者として。
彼はこの時、作品を奪われたのだと知った。出版どころか映画化のプランまで用意されて。
彼は、出版社に抗議の電話を入れた。しかし彼は、相手にされなかった。
彼は、出版社までで出向き、担当編集者に抗議をしたが、お前など知らんと突っぱねられた。裁判を起こし訴えるとまで言われる始末。
こうなったら、盗作した男本人に抗議してやる。
盗作した男の正体は、出版社側がこれからデビューさせようと準備していた新人作家だった。この盗作事件を企てたのは、盗作したこの男ではなかった。盗作者までも用意周到に準備していたのは、相手の出版社側だったのだ。
そう、出版社側は、替え玉を用意していたのだ。
彼は、作品の盗作を訴え裁判を起こす事にした。
しかし、出版社側は巧妙に外堀を固めていく事で、彼を追い詰めていく。彼1人では、敵わない。
出版社側は、彼の訴えを退ける多くの証人を用意して。彼1人では、敵わない。
彼は、窮地に追い込まれる。そんな場面で彼は、笑った。
出版社側は、彼が気が触れたなと思った。これで、裁判に勝ったと確信した瞬間だった。
しかし、ここに来て彼は、決定的な証拠を用意していた。
縦書きで書かれた作品の語尾から横に読むと、この作品は盗作されましたと、読めてしまう証拠を示した。
出版社側は、これこそが、彼が盗作されたと虚偽の言いがかりの証拠だと突っぱねる。この文章を偶然見つけた事で、真の作者は自分だと言い張っている証拠なのだと。
果して、裁判員はどちらの言葉を信じるだろうか。
この裁判はニュースで大々的に報道された。果して、世論はどちらの言葉を信じるだろうか。
こう言われては、折角彼が用意した証拠が、逆に彼の足枷になってしまう。
しかし、彼は引き下がらなかった。いや、逆に獲物が餌に食い付いたと確信した瞬間だった。
彼が仕込んだ暗号(罠)は、一つや二つではなかったのだ。
書かれた作品の全ページに一つずつ、暗号を忍ばせていたのだ。
裁判でそれをつまびやかにする真の作者。
彼は、隠し球を用意していたのだ。
世論はどちらの言葉を信じるだろうか?
作品は無事、真の作者の手に、彼の元に返って来た。
彼は寛容だった、出版社とは和解し映画化は、そのまま進められた。変更されたのは、作者の名前だけである。
作品は、大ヒットした。裁判沙汰を宣伝材料にして大々的に何日も掛けて報道されたからである。
こうなることも、作者が仕込んでいた隠し球の一つであった。
ここに来て、ある男が登場する。
出版社側に替え玉作者として祭り上げられ、新人作家として大々的にデビューする筈だった男である。男は、盗作犯人に仕立てられ、この一連の騒動で、何もかも失った。
そんな男が、取るべき行動は1つ。
復讐である。
男は、彼を待ち伏せして隠し持っていたナイフで彼を刺した。彼を取材していた報道陣の目の前で。
彼は、死んだ。報道陣の目の前で。
彼は、死んだ。天を仰ぎ復讐をやり遂げた男の下で。
彼は、やり遂げた。
犯人に自らを殺させることで、完結する作品を世に送り出した。
彼は、隠し球を用意していた。
終