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9.それは甘雨か、涙雨か②

 王立学園の学生食堂は、石造りのお城のような校舎とはまた違う、趣きがあった。


 建物には奥行きがあり、焦茶色の木柱を組み上げたアーチ天井は高い。かつ、天井まで伸びた窓が自然光を存分に取り入れていた。

 木の長いテーブルが幾つも並び、どこにでも自由に座ることが出来る。カフェテリア形式で出される料理は日替わり含め様々、ネフライト王国中の地方料理からラネージュの国の料理まで並んでいた。


「ねえ、君が選んだその料理は? 炭水化物に炭水化物じゃない」

「!」


 クリアの正面に座るなり、フォッグが口を開く。

 獲物を狙うような金色の瞳に見つめられたクリアは目を丸くする。黒髪と金色目を持つフォッグは美しく、しなやかな黒豹を彷彿とさせた。

 クリアとフォッグが会話するのはこれが初めてだ。アニメでの二人の絡みはもっと中盤以降だったが、こうして皆でランチに来てしまった。イレギュラーな事態は次のイレギュラーに繋がってしまう。


(今はアニメから脱線しないよう出来る限り不要な接触は避けなければ、なんだけど)


 わかりやすく眉を顰める彼を見て、公爵令息からしたら初めて見る料理かもしれない、とも思う。

 やむなく口を開く。


「これはジャケット・ポテトと言います。わたしのいた村が発祥とされていますよ」


 ジャケットポテトとは、丸ごと焼いたじゃがいもを縦半分に割り、間に熱々のベークドビーンズをたっぷり乗せた料理だ。余裕があれば、すりおろしたチェダーチーズをトッピングすれば完璧。

 確かに炭水化物×炭水化物なのだが、充分な暖房設備もない村で重労働していたクリアたちにとって丁度いいカロリー源になっていたのだ、と説明する。


 ふうん、と呟くフォッグ。自分から聞いておいて関心が薄い。

 ちなみに、このフォッグ・ハーパーというキャラには「かなりの注意」が必要だ。何故なら。


「レイニー殿、そんな庶民の料理なんてどうでもいいですわ。わたくしの国のこのランチセットを見てください。見事でしょう?」


 ラネージュはレイニーの正面に座りながら言った。レイニーはいつの間にかクリアの横にいる。

 フォッグはいかにも面倒臭そうに目だけを動かしラネージュを見た。


「へえ、それだけ大国の料理がお気に入りであれば、ネフライト王国なんかにお嫁には来れないね」


 ピシッーーと、場が凍りつく。


(ラネージュへのフォッグのこの返し……!)


 フォッグは摂政の孫、学問に力を入れている家柄にして政治にも詳しい。ラネージュがこの国に留学した狙いをわかっていて、言っているのだ。

 気まぐれを言ったかと思えば、嫌味もかます。自由人と見せかけて、時には意図的に人を混乱させる食えない男ーー……それがフォッグ・ハーパーなのだ。


 ラネージュの露骨な眉間のシワを物ともせず、フォッグは続けた。


「ねえ、それより気になっていたんだけどさ、王女様の名前の『ラネージュ』って大国語で『雪』という意味でしょう? 王女様のルックスからは、あまり雪って連想しないけどーー」

「フォッグ」


 ふいにレイニーがフォッグを呼んだ。

 フォッグは意外そうに、しかし面白そうにレイニーを上目で見た。レイニーは気にせず話を変える。


「料理と言えば、クリア嬢が上手だ。カルメ焼きが美味しかった」

「レイニー殿。お菓子だったら我が王家が抱えているパティシエの右に出るものはおりませんわ。月に一度取り寄せているマカロンがそれは美味で。是非、レイニー殿にもご賞味いただきたいところです」


 ラネージュはクリアとフォッグを無視することにしたようだ。二人の存在が見えていないかのように、あからさまにレイニーにだけ話しかけている。


「というか、王女様もクリア嬢もレイニー殿下も食べないの? 冷めちゃうよ」


 いつの間にか、フォッグは一人さっさと食べ始めている。


 入学してから三日目の学食、周囲のテーブルでは友だち作りのための初々しい交流がなされ、和気藹々としている。

 クリアたちのテーブルだけ、学内三代高位貴族+ヒロイン美少女が揃ったはずなのに全く盛り上がっていない。隣の護衛騎士二人+ラネージュの侍女のテーブルの方ですら、まだ楽しそうだ。


(……今ってアニメのストーリー的に全く必要ないシーンなのよね? そこでなんで「天然ヒロインキャラ」なはずのわたしが、気を揉んでいるんだっけ……?)


 ふっ、と遠い目で自分を見失いかけるクリア。

 しかし、このタイミングで試してみたいことを思い付いた。


「そういえばレイニー殿下」


 いきなり声を張ったクリアに三人の注目が集まる。


「先日、カルメ焼き作りには『重曹』も使うとお話しましたが、重曹という粉には料理以外の使い道もあるんですよ。例えば、お掃除とかーー……髪の毛の脱色とか」


 レイニーの正面で、ラネージュの身体が微かに揺れたのを見逃さなかった。


(ここまでアニメのストーリーがごちゃごちゃになっても、やっぱりこの情報はラネージュにとって気になる情報、なのね)


 クリアは覚えていた。

 クリアの目的はアニメのエピソードを再現して「世界を救う」こと。


 ラネージュはそのために欠かせない、アニメの起承転結の「承」ともいえるエピソードのーー「犠牲者」だということを。


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