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8.それは甘雨か、涙雨か

 授業冒頭、教師からの話を聞くなりクリアは固まった。素早くレイニーの後頭部に目線を向けるが、レイニーは微動だりしない。


(これもまた失敗した……!)


 クリアは己の失態を悟った。

 先日の課題の成績が発表されたのだが、レイニーとクリアが学年で唯一、全問正解していたのだ。


(テニスボール顔面強打で医務室にいた時、レイニーが貸してくれた課題プリント、ね)


 入試での学年順位のツートップ、フォッグ・ハーパーは一問不正解、ラネージュ・ムウは二問不正解だった。

 思惑があり成績を逆不正してきたレイニーにとって、この二人を成績で抜いたのはアニメから通算しても初である。


 この異常事態の原因はわかっている。

 レイニーから借りた課題プリントを「彼に返す前にクリアが提出してしまった」から。


 このプリントはレイニーが説明してくれた通り自習用で、()()自習の進捗を確認するために()()()()回収される。おそらくレイニーはクリアから返却された後、回収される場合は中身を書き換えて、点数調整をするつもりだったのだろう。


 プリントを貸してもらった翌日、教師がプリントを回収したのだが、その日レイニーは欠席だった(公務のため数日間不在)。全問埋まった状態でクリアの手元にあったため、そのまま持っているならば……と提出した結果、レイニーは満点を取ってしまった。


 フォッグはつまらなさそうに頬杖をついていたが、ラネージュは紫色の目を見開いていた。


(レイニーに謝罪したいところだけど、点数調整していたことを何故知っているのかって話になってしまうし。そして何よりまずいのは……きっと、これで彼女が動いてしまう)


「レイニー殿」


 クリアの予想通り、昼休みの鐘が鳴るや否や、ラネージュがレイニーへ話しかけてきた。


 ラネージュは大国の王女だけあってオーラが違う。裾の部分が緩くカールしている紅毛に紫目と、彼女の持つ色が鮮やかなこともあり一挙一頭足が目立っている。制服のスカートの下に豪華なペチコートを仕込んでいるため、物理的にも存在感が凄い。


 自然とクラス中の視線がレイニーとラネージュへ注がれた。


 ラネージュはつんっと顔を上げながら、大国語とは発音から語順まで全く違うはずのネフライト王国語を流暢に話した。


「『零雨の王太子』殿、さすがですわね。見直しました。容姿端麗で文武両道……ネフライト王国の至宝とされる殿下の、入試順位を見たときは、正直『買い被り』かなと思いましたが」


 立ち上がる間もなく一方的に言われたレイニーは静かにラネージュを見上げる。

 息をのむ音は、ひと一人なら大したことはない。しかし、大人数にもなるとハッキリとした音になると知る。ラネージュの王太子を品定めするような言い方に、教室中が息をのんだのだから。


 歴代王太子No. 1と言われるほど国内人気の高いレイニーへの無礼な発言に、クラスのラネージュへの視線は冷ややかだった。


(でも、そんな上から目線で強気なところが彼女のキャラクター……ーーラネージュ・ムウは「君の世界の名前は」における「悪役令嬢」であるから)


 クリアはゴキュ、と喉を鳴らす。


 劇中、ネフライト王国王太子妃の座を狙っているラネージュは、レイニーとヒロイン・クリアの仲をひたすら邪魔する。王女の立場を利用し、無茶苦茶とも言える妨害工作をしてくるのだ。しかし、それがストーリー上、クリアとレイニーの仲を深めるスパイスになっている。


 そんな設定知る由もなく、ラネージュは強い口調で続けた。


「食堂までわたくしをエスコートする権利をレイニー殿下に差し上げましょう。一緒にランチをして差し上げまして?」


 ラネージュはレイニーへ微笑みを向ける。

 笑みを浮かべるラネージュは妖艶であまりにも美しい。


 しかし、これはさすがに断るでしょうーー。

 皆が固唾を飲んでレイニーの動きを見守っていると。ラネージュをじっと見ていたレイニーはくるりと振り返った。


「では、同じ名誉があるクリア嬢にもその権利があるということだな。クリア嬢もご一緒に?」


 レイニーはお手本のように優雅に、クリアに手を差し出した。


(!! 巻き込まれた!)


 クリアはギョッと目を見開く。

 一転、クラス中の視線がクリアに集まった。


「な……」


 だらりと汗と流れる中、目線を上げればラネージュが鬼のような形相をしている。


(ま、間違いない、これはレイニーなりの「折衷案」だわ)


 この状況でレイニーがラネージュを邪険にした場合、ラネージュのこのクラスでの立ち位置が確定し、彼女の一年間が辛いものになるだろう。公式な場なら別として、今は学生である彼女に自分への発言の代償としてはいささか重いと考えたのだろう。

 一方、ネフライト王国の王太子として、ラネージュの下手に出るようであれば、逆にレイニーがクラスメイトからの求心力を失うことになるだろう。


 つまり、クリアを誘うことでラネージュの立場もレイニーの立場も守ったことになる。


(瞬時の判断力はさすがだわね)


 もはやクリアに拒否権はない。

 世界を救うだけで精一杯なヒロインとして余計な仕事(?)は勘弁願いたい、のだが。


(わたしにはこの状況を招いた責任がある)


 どさくさに紛れてフォッグ・ハーパーも一緒に来たいと言い出した。

 レイニーとラネージュの護衛騎士、更にラネージュには侍女(兼ご学友)がついているので、実質7人でぞろぞろと学生食堂へ向かう。教室から学生食堂までは距離があるため、学園中の人から見られることになってしまった。


 クリアは彼らの背後でそっと、息を吐いたのだった。


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