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6.追い風1センチメートル

「……」

「……」


 医務室の窓から見える外は、先程までと一転して風が強くなっている。ミス・メープルは職員会議に戻っているため、室内は二人だけだ。レイニーは風を気にするそぶりを見せていたが、やがて口を開いた。


「すまなかった。立ち聞きをするつもりはなかった」

「……」


(次から次に予期しないことばかり……!)


 応接セットに向かい合って座ったクリアは頭を抱える。

 クリアが沈黙しているのは、決してレイニーに怒っているからではない。ここまで逸れたストーリーをどうやって軌道修正をするか、必死に頭を回している。


 ヒロイン・クリアは「面白い女」だが、それは結果的に、己の多芸さをレイニーにアピールしていた。劇中クリアのやったことは全て、レイニーを楽しませたりレイニーの助けになっている。

 ありのままのクリアがほころび出て迷惑が上回っているこの状況は、あまりにもアニメの筋書きとは違う。


 レイニーはクリアが気分を害していると思ったのか、丁寧に説明してくれた。


「剣術稽古をする関係で、騎士たちの間でも評判の傷によく効く薬を持っていた。クリア嬢の傷にもと思い、渡すつもりだった」

「……お手数おかけしました」


 差し出されたレイニーの手のひらには、コロンとした白い陶器の軟膏入れが乗っている。


 しかし、レイニーのワイシャツの血が視界に入ってしまい、クリアは気もそぞろだ。ジャケットのボタン付けはまだ途中だったから、レイニーは脱いだまま脇に置いている。


(話の腰を折るのにも限度があるわ。起承転結の「起」の部分で、話が終わりかけている……)


 クリアは一縷(いちる)の望みをかけ、そっと上目遣いで聞いてみた。


「念のためお聞きしますが、コルセットの話は」

「すまない」


 レイニーはキッパリ謝ることで肯定した。素直さは人の美点だが、その四文字がクリアを地獄に落としてくる。


(スタイルまで偽装であることがバレてしまった……! 恋されるどころか、もう呆れて話もしてくれないかもしれない)


「一度、状況を整理してみてもよいだろうか」

「さよなら、地球……て、え?」


 目をつぶっていたクリアはぱちぱちと瞬きをし、レイニーを正面から見た。おかしなセリフが聞こえたような。


 レイニーは水色の瞳の湖面を揺らすことなく、クリアを見据えていた。

 今世でレイニーと出会ってから初めて、きちんと向き合いながら会話している。


「昨日から、私の想定外のことが色々起きてクリア嬢とまともに話が出来ていなかった気がする」

「まあ、ええと、それは」

「いくつか聞きたいことがある。よいだろうか」


 あまりに真っ直ぐ目を向けられ、一瞬戸惑った。何を聞かれるかと身構えるが、クリアに選択肢はない。

 このまま彼との接点が切れることは、世界の終わりを意味するから。


 腹を括ったクリアはおもむろに頷いた。


「まず、先程クリア嬢がくれたお菓子は何だ? 私は初めて見るものだった」

「ああ、あれはカルメ焼きです」

「カルメ焼き?」


 レイニーは繰り返した。


「砂糖を原料とした駄菓子です。わたしが生家にいた頃、家族に作っていました。砂糖と重曹と少しの卵白、あとは火と玉じゃくしがあれば作れます」

「マカロンに似たようなものだと思ったが、それだけの材料と道具で」


 王太子の彼には馴染みがなかったのだろう。レイニーは少し目を見張る。


「制服のボタン付けだが、そうそう見たことがないくらい手早かったな。クリア嬢はいつそのような技術を?」

「こちらも生家の内職を手伝っていた関係で、幼少期から身についている技術です。依頼された繕い物の他に、自分たち家族の服を仕立てることもありました。裁縫セットはいつ誰に依頼されるかわからなかった習慣で持ち歩きを」


 返答がクリアの育ちに関することになった。とはいえ、クリアが元々平民であることは貴族社会で知られているから問題ではない。

 

 考えるように間を置いていたレイニーは「最後に」とゆっくり口を開いた。


「昨日君が前髪を切った時、君はどこからともなくハサミを出した。それは……その、いつも胸元に閉まっていて、そこから出したということでよいか?」


(うっ)


「……」

「大事なことだ。答えてほしい」


 まさか、レイニーがここにそんなにこだわるとは。ヒロインのスタイルがそんなにレイニーにとって、大切だった?


 レイニーの水色の瞳が鋭く光ったような気がした。


「……そうですが」


 クリアは蚊の鳴くような声で答える。まさか王太子を騙した罪で問われるわけじゃあるまい。

 身体を強ばらせたクリアだが、レイニーは意外なことを言った。


「なら、即刻やめてほしい」


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