43.光夜
刹那、光が差した。
クリアは真横にあるアーチ窓を見る。
(まさか)
「……今夜の舞踏会の花火ですか?」
「いや、まだその時間ではないーー」
レイニーがルーサーを呼び戻そうと後ろを向くと、火球が夜空を横ぎった。一瞬、昼の光より眩くなり、地面に影すら出来る。爆発音が轟く。
「なっ、」
無事かと振り返ったレイニーの視界に入ったのは、クリアが窓から身を乗り出した姿。
「!? クリア嬢……っ、どうして」
窓の直ぐ下には、隣接する建物のガラス屋根があった。鉄組が組まれた三角形のなだらかな傾斜で、クリアは斜面の真ん中あたりまで移動していた。
(ーー小隕石)
分かっていたのに頭の中が真っ白になった。よく空が見える場所で片膝立ちの姿勢のまま、ぼんやりと空を見上げる。
それこそ現実に起きていることは思えず、アニメ映画でも見ているかのようで。
先述の通り、「君の世界の名前は」のクライマックスで落ちる隕石は、この世界の科学レベルでは予測が出来ないものだった。
数ヶ月前にも、隣国で同じような隕石の空中爆発が目撃されていたはずだ。先日のレイニーによる国境訪問も、その隕石による空中爆発の調査絡みである。ネフライト王国中の天文学者たちも注視していたに違いないのに、二回目のこれも予測は不可能だった。
(とはいえ、アニメのエピソードでは「王太子誘拐事件」からクライマックスまで、「メモリア」を盛られていたレイニーの身体が回復するまでの時間はあった。現実のレイニーは負傷していなかったから、隕石落下のタイミングが早まったということ?)
今の光はクライマックスの前段に降る、小隕石の空中爆発。
クリアの頭に浮かぶのは「とある考え」。クリアは前世の記憶を思い出した瞬間から、「レイニーをクリアに、恋に落とせなかった場合」についてもシュミレーションしていた。
とはいえ、あくまで最終手段であり、ドリズリーには反対されていたことで。
(ごめんね、ドリズリー)
「クリア嬢、こちらに戻ってくるんだ」
キーンという耳鳴りが消えず、レイニーの声がどこか遠くに聞こえる。
(ごめんなさい、サンブリングのお父様、お母様)
「……クリア嬢?」
(許して、父さん、母さん。それにーー)
「レイニー殿下」
クリアは屋根の上にゆっくりと立ち上がった。レイニーもいつの間にか窓から飛び降り、ガラス張りの屋根の峰まで来ている。下側にいるクリアとの距離は10メートルほど。
吹き上げる風が二人のベージュ色と銀色の髪を揺らし、頬に当たる。
「このネフライト王国の隕石災害対策の総称は……『快晴』と呼ばれていますね」
「!」
レイニーは目を見開き、動きを止めた。
「っ、な、レイニー殿下!? 一度お戻りを! 自分がクリア嬢の元へ向かいます!」
ルーサーが窓からレイニーの姿を捉え、慌てたように名を呼んだ。
しかし、レイニーの思考はそれどころではない。ネフライト王国の隕石対策の総称はまだ公表されていない。何故、一介の男爵令嬢であるクリアが国家機密を知っているのか。
レイニーは僅かにだけ目を彷徨わせたが、冷静に命じた。
「ルーサー、こちらはいい。よく聞け、伝達しろ! 『快晴』に関連する対策本部を開く。何よりの優先事項だ」
ルーサーはハッとしたように身体を室内へ戻し、駆け出して行く。それでもレイニーの視線はクリアを向いたままだ。
クリアは少しだけ唇を舐める。自分を落ち着かせるために。
クリアが考えていたレイニーの感情を揺さぶる方法。恋愛感情によってレイニーが力を発揮するアニメのシナリオとは違う、クリアが考えていたものとは。
「何故、そのことをクリア嬢が知っている」
レイニーは簡潔に聞いた。
全身からクリアを警戒するオーラが漂っている。
「何で知っているかですって?」
ふふっ、とクリアは自虐的に笑った。
目の前のレイニーの背後には、雲がすさまじい早さで流れていく。
「クリア嬢、私にはずっと疑問があった」
レイニーは険しく目を細める。
「ーー出会った時から君は一体、何を抱えているんだ?」
クリアは一度深呼吸してから、聞こえ間違いがないようにハッキリと言った。
オレンジ色の瞳にレイニーの姿をよくよく映して。例え、クリアが遠くに行くことになっても、忘れることがないように。
「レイニー殿下、わたしはレイニー殿下に偽っていたことがあります」
✳︎✳︎✳︎
クリアは屋根に立つレイニーを見上げながら言った。足元のガラス屋根は屋内の光をそのまま透かし、下からライトアップされているかのようだ。
「わたしには前世の記憶があります。この世界は、わたしが前世で見ていたアニメ映画のーーつまり、物語の中の、世界なんです」
「……すまない、君が今言っていることの意味と意図が分からない」
レイニーは一瞬の間の後、表情を変えずに答えた。
「わたしはずっと、レイニー殿下に好かれようと性格を作り込んでいました。いわゆる『天然』と呼ばれるキャラクターを」
「へえ、それは驚きだな。それよりも早くこちらへ」
(……この即答棒読み、信じていないわね)
レイニーは屋根を下ってクリアに近づこうとしたため、クリアは気を取り直してもう一段話を深める。
「この物語の中での『ヒーロー』はレイニー殿下で、『ヒロイン』がわたしです。そのヒロインは実際のわたしとは全く違う性格でしたが、レイニー殿下がヒロインに恋をするという展開を知っていたので……わたしはあざとくも、レイニー殿下に好かれるような女を演じていました。何故なら、」
ぶわりと光の接近を感じる。時間がない。
「レイニー殿下はその感情によって空模様を変える能力を持っているから」
今度こそ、レイニーは驚愕した。
それこそ、クリアが絶対に知るはずもない情報だったからだ。
途端に変わったレイニーの表情から、彼がこの話を信じ始めたことを悟る。
「物語から、近日中に隕石がネフライト王国に落ちることを知っていました。だから、物語通りヒロインになり切ってレイニー殿下に好かれて……レイニー殿下の恋する感情で空模様を変えていただき、隕石から世界を守りたかった」
 




