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42.レイニー王太子誘拐事件④

 王城にある塔の一角。アーチ窓から月明かりが深く、差し込んでいる。

 眠っている王太子をそっと床へ置いた。彼には元々の服を同じように、着せ直している。


 サジロードは今朝、レイニーの飲み物に「メモリア」を盛った。それから12時間以上が経過している。

 レイニーが自身の異変に気づくであろうタイミングには、キングスベリー公爵夫人の茶会がある部屋の用具入れに全裸で突っ込んでおいた。いくらレイニーでも周期に助けを求める術がない状況だ。


 このままレイニーの命は散って行く。

 そんな王太子を一人見下ろしながらサジロードは可哀想に、とも思う。


「可哀想に、父上などに目をつけられたから……」


 レイニーがマリス・リコリス侯爵に狙われた理由は二つ。

 一つ目は、レイニーが立太子時に違法薬物「メモリア」の撲滅を宣言したこと。二つ目は、ネフライト王国が維持する金融政策がマリスの考えに反していたから。

 マリスはカーム陛下が逝去した際、当時10歳だったレイニーを傀儡くぐつにすることを試みた。しかし、レイニーの歳に似合わない強い意志、摂政サイモン・ハーパーおよびエルヴィン・ハーパー有する派閥に阻まれた。


 それから5年、ネフライト王国には国の独立維持派と親大国派(大国=ラネージュ王女の国)が存在している。独立維持派の筆頭がレイニー王太子・ハーパー公爵家、親大国派の筆頭がマリス・リコリス侯爵、アーデン侯爵らであった。


 短く息を吐き、サジロードがレイニーの身体から手を離した、その瞬間。

 いきなり下から手首を掴まれた。


 澄んだ水色の瞳に写る、驚愕で目を開かされたサジロードの表情。眠っていたはずのレイニーが、横たわったままサジロードの手を掴んでいる。

 レイニーは毅然と言い放った。


「サジロード・リコリス、貴方を王太子誘拐の罪で確保する」

「……っ、な!?」


 背後からバタバタと音がして、護衛騎士ルーサーと騎士団長が飛び込んで来た。サジロードは素早く拘束される。


「!? どうして……」


 サジロードは自分が置かれている状況を理解出来ない。やっとの思いで口にした。


「わ、私が何をしたって言うんです、私は倒れていたレイニー殿下を見つけただけだ!!」

「君は私が眠っていたと思っているようだが、生憎起きていたんだよ。朝からずっとね」


 レイニーの言葉に、サジロードは衝撃を受ける。

 立ち上がったレイニーの足元は力強く、薬物を盛られているとは思えないものだった。


「おい、どういうことだ!」

「! 父上!!」


 塔内に不快感を露わにした声が反響する。

 マリス・リコリスがルーサーに連れられている。マリスは膝をつかされ、金髪が乱れて一筋額に垂れた。サジロードは父の元へ駆け寄ろうとするが、後ろ手に拘束されているため、その場で足踏みをしただけだった。

 レイニーは説明した。


「マリス・リコリス侯爵は現在国家反逆罪により捕らえられているよ。私がただ床に転がっていた時間に、ルーサーが動いてくれた」

「っ、こんなこと法に反している! 殿下ほどのお立場とはいえ、やっていいことと許されないことがあるのではないですか!? 何を根拠にーー」


 マリスは声を荒げるが、レイニーは意にも介さず話を続けた。


「紹介しよう。こちらはクリア・サンブリング男爵令嬢だ」


 レイニーに呼ばれ、クリアはおずおずと塔内に入る。レイニーはふっ、と口角を上げた。


「キングスベリー公爵夫人の茶会に参加していた令嬢だ」

「!」


 サジロードは動けなかった。


「キングスベリー公爵夫人は自分が主催していた茶会の時間、クリア嬢が()()()()を探しに、隣接する『用具入れ』に入ったことを証言している。しかも、そのクリア嬢は『茶会終了時間になっても戻って来なかった』とも言っていた。サジロード、この意味がわかるな?」


 つまり、クリアはレイニーが「用具入れ」に寝かされていた事実、サジロードがレイニーを回収しに来た姿、を見ていたということになる。

 しかも、その「用具入れ」にクリアがいたことを保証するのは、あのキングスベリー公爵夫人。


「ーー私は、何も知らない」


 呟くマリスの声にもレイニーは冷静だった。水色の瞳を冷ややかに向けた。


「マリス・リコリス、貴方が違法薬物『メモリア』を王都へ流通させていたんだな」


 クリアはバッと顔を上げ、レイニーを見る。レイニーは視界にクリアを入れながらも続けた。


「グロリア・リコリス嬢への暴行未遂について、アーデン侯爵からの証言も取れているよ。あの日のオーケストラのピアニストも直ぐに吐いた」

「…………グロリアは私の娘だ。自分の所有物を自分で少しばかり壊したところで、何の罪になる」

「父上っ!? それはあんまりな言い方です!!」


 マリスはサジロードが自分を見る目付きから、いずれサジロードが自白するであろうことを悟った。


「貴方は前国王の側近だった時代に、私の父……カーム陛下と『メモリア』の前進薬との関係、およびジュード・クロッカーの存在を知った。陛下と薬の関係を公表するとジュード・クロッカーを脅迫し、『メモリア』の前進薬の研究資料をハーパー公爵領から持ち出すことを要求したんだ」


 そう、違法薬物「メモリア」はリコリス侯爵の手の内で開発された。そこからリコリス侯爵が持つ闇ルートから「メモリア」は流れ、マリスは私服を肥やした。それらの金は、親大国派を増やしたり、今回ピアニストや料理人たちを買収するのにも使われている。


 目を細めるレイニー。


「それからカーム陛下を……自分の思想に反しているという理由から、より危険で依存性が高い『メモリア』へ誘導した」

「は、」


 マリスは鼻を鳴らした。


「私はこの国のためにやったんだ……!! なにが金融大国だ。大陸にネフライト王国が存在する限り、いずれは戦争の時代が来る。こんな小国に未来はない。ならば、今のうちに大国と組み、より良い条件で強いものの属国になった方がまだマシではないか……!」

「その良い条件、とやらはリコリス侯爵にとってだけだろう。それ以外の者のことは貴方の頭にない。違法薬物『メモリア』により多数の犠牲者が出ていることが、その証だ」


 レイニーはキッパリと言い放った。

 ちなみに、ラネージュ殺人未遂の犯人、ゾエ・カロンに「メモリア」を渡したのもマリスの関係者だった。ラネージュ王女がレイニーと婚約すれば、両国の関係がリコリス侯爵抜きで進んでしまい、マリスに旨味がなくなるからだ。

 ゾエのラネージュへの感情を利用したのだ。


 マリスはふっ、と笑う。笑ったと言っても、酷く嫌な感じのする笑い方だった。


「親大国派としての力を集めるためには、金が必要だった! あなたさえ協力してくれれば、犠牲者など出なかった!! 全て、すべてレイニー殿下ご自身がこの国に招いたことだ!!」


 マリスは続ける。


「それに……あなたが綺麗事を言えるのも、今のうちですよ。私を捕まえたところでもう遅い」

「……どういう意味だ」

「レイニー殿下、貴方の身体には、その『メモリア』が許容量以上に入っています。何故、今レイニー殿下が立っていられるのかは分かりませんが……次にあなたが眠りについた暁には、もう二度と、目覚めないでしょう」


 レイニーを見下すようなマリス。思わず、何かを言おうとしたクリアを、レイニーは遮った。


「私は今朝、自分の飲み物に『メモリア』が入っているとわかっていて飲んだ。君たちをはかるためにね」


 マリスは笑いをやめて、不審なものを見るような表情でレイニーを見た。


「なんて、みっともない強がりを……嘘に決まっているだろう、私は騙されない! どうせあなたもカーム陛下と同じーー『心が弱い人間』のくせに!!」

「引っ立てろ!」


 噛み付くように言うマリスへの拘束を強め、騎士団長は命じた。マリスはまだ何か喚こうとしていたが、ルーサーがその口を封じている。


 マリスたちが部屋から連れ去られて行く様子を、レイニーはただじっと、見つめていた。


(ーーそう、レイニーは間に合わないはずなのに)


 クリアはレイニーの背中へ慎重に、そっと声をかけた。


「レイニー殿下は……あらかじめキングスベリー夫人に話を通していたんですか? ()()()()()()()()()()()()()()()気にしないように」

「そこまでは。クリア嬢のしたいようにさせてやって欲しいとだけ言った。君は、時に突拍子もないことをすると知っていたから」

「では、レイニー殿下はーー……殿下は何故、いま『メモリア』によって眠っていないのですか?」


 クリアは震える手を握りしめ、ようやく疑問を口にした。

 レイニーはゆっくりと瞬きをする。


「それこそジュード・クロッカーだよ」

「え?」

「事前に、ジュード・クロッカーが開発している『メモリア』の解毒剤を飲んでいた。まだ、試作段階だったけど、無理を言ってね」


 驚きのあまり、息が出来ない。クリアは目を丸くする。


「解毒剤を毒が盛られてから飲むものと誰が決めた? 勿論、毒の種類によるのだろうが……毒を盛られると分かっていたなら、その直前に飲むという方法もある」

「で、では何故、ご自身の『メモリア』への許容量が既にギリギリであると分かったのですか?」


 クリアはレイニーの前に立ちはだかり、大きな声を出してしまう。


「『メモリア』を飲んで、自分自身を試してみたから」

「ええ!?」


「リコリス侯爵と『メモリア』の関係については、かつて彼がカーム陛下の側近だったことから、疑いがあった。マリスが私に何かをするならば、『メモリア』が使われると予測がついた。確かに、生半可な量では効かない身体になっていたな」


 レイニーは冗談でも言ったかのように、軽く肩をすくめた。脚から力が抜け、目の前に座り込みそうなほど張り詰めていたクリアの気持ちを、ほぐすかのように。


「すまない、君をこのようなことに巻き込むつもりはなかった。しかし、クリア嬢が用具入れに来てくれて、証人になってくれたことでーー

 想定よりスムーズに物事は運んでくれた。君に感謝している」


 こうして、違法薬物「メモリア」流通の真相も明らかになり……レイニー王太子誘拐事件は、幕を閉じたのだった。


最終回まで、あと三話。

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