表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/45

41.レイニー王太子誘拐事件③

 クリアが足を踏み入れた用具入れの中は真っ暗だった。よく見えないから手探り足探りで進み、何かが爪先に当たった。


「……殿下、レイニー殿下!」


 レイニーはスッと目を開けた。

 飛び込んで来たのは、クリアの心底ホッとしたような顔。小さく、しかし必死にささやく。


「レイニー殿下!! 良かった、まだ意識があって!」

「…………どうして。何故、君がここにいる」

「え、ああ! 隣のお茶会で開催されていたカードゲームで、カードを落としてしまったら、ドアの下の隙間から入って……ここまで回収に来たんです。そしたらレイニー殿下がいて」


 クリアはレイニーに見えるように一枚のカードをかざした。

 レイニーは見たこともないカードに眉を顰めたが、それもそのはず。このカードはクリアのお手製で便箋を切って記号や数字を書いたもの、前世で言うところのカードゲーム「UNO」のカードだったから。


 ネフライト王国に「UNO」の概念は存在していない。アニメの情報からカードゲーム好きと知っていた、キングスベリー夫人たちの気を引くために、クリアが急遽自作したもの。

 今この瞬間も、ご婦人たちは初めて知った「UNO 」に夢中で、クリアが戻って来ないことに気づいていない。作戦は当たったと言える。


 クリアは口を引き結ぶ。


(「レイニー王太子誘拐事件」ーーオリジナルのシナリオは)


 レイニーはその身体に「メモリア」を盛られていた。三年も前から。


 マリス・リコリス侯爵にはサジロード・リコリスという息子がいた。サジロードは近衛騎士団所属、時には王太子の毒見係をするまでの立場にいた。

 サジロードはマリスの指示により、密かに自らの身体を「メモリア」に慣らしていた。よって、サジロードがレイニーの毒味係を担当する日、レイニーの食事に「メモリア」が盛られていても、二人に変調は出なかった。

 料理人の一人はリコリス侯爵に買収されていた。


 しかし、レイニーと違い、幼少期から薬物に慣らされた身体ではなかったサジロードは、レイニーよりも早く「メモリア」の中毒症状を起こし、騎士団を休職することになった。とはいえ、レイニーの「メモリア」中毒への限界点を、ギリギリまで近づけることに成功している。


「レイニー王太子誘拐事件」の朝、狩猟へ向かうレイニーの飲み物には「メモリア」が混入されていた。

 眠ったレイニーを茶会用ワゴンに乗せて運び、キングスベリー公爵夫人の茶会に隣接した用具入れに閉じ込める。レイニーの見ぐるみを剥ぎ、レイニーが目覚めても助けを求められない状態にする。拘束している縄はレイニーの身体に跡が残らないもの。


 手遅れになる時間までレイニーを放置したら、後はレイニーを人目につく場所に戻してから拘束を解く。

 レイニーをあくまで「メモリア」中毒で亡くなったことにしたいから。


 レイニーを「メモリア」による自害に見せて葬り去る。

 それがマリス・リコリス侯爵の計画だった。


 劇中、ヒロイン・クリアは倒れているレイニーの第一発見者だった。キングスベリー夫人の茶会に参加出来る現実でなら、一つ前の段階でレイニーを助けられると考えた。


 ワザと「UNO」のカードをドアに向けて弾いて落としたのだ。


「と、その前に」


 クリアはゴソゴソとコルセットから折り畳んだ布を取り出す。


「それは?」

「サンブリングの父の新品の下着です。父は泊まりに行く際いつも、新品の下着を多めに持って来るので一枚拝借して来たのです」


 男性も裸のままでいるのは心元ないだろう。


「そんなものを入れながら茶会に……」


 レイニーはアニメでも見せないような半目になった。


「あ、暗くてほとんど見えていませんので大丈夫です! ただ、わたしの目が暗さに慣れる前に準備をお願いします」

「……ほとんど、ね」


 クリアに前世の記憶があって良かった。半裸の男性ならTVやらプールやらで見慣れているから、この世界の令嬢たちより免疫が相当あるだろう。


「で、それを身に付けていただいてからになりますが、」


 クリアはスカートの裾を少しだけ捲り上げた。レイニーは目を閉じて手の甲を当てた。


「絶対に、断る」

「スカートの中に隠れてくだされば、一緒に部屋の外に出ることが出来ます、誰にも見られずに! レイニー殿下は一刻も早く、お医者様に診ていただかなければならない身体でーー」


(そう。レイニーは気づいていないでしょうが、彼の身体には致死量の「メモリア」が盛られている。こんなところで悠長にしている時間はない)


「その必要はない」

「でも!!」


 唯一と言える打開策を、レイニー本人に拒絶されるわけにはいかない。

「天然キャラ」ですらない、自分でも馬鹿みたいだと思う案しか出せなくても、縋るようにオレンジ色の瞳で乞うしかない。


「レイニー殿下、後生です! 一生のお願いですから、わたしと」

「今朝、私は君に不誠実なことをしたのに……」


 レイニーはポツリと呟いた。クリアは聞き返したが、レイニーは首を左右に振った。そのまま瞼から手を外し、天井を見ながら言った。


「君が私に対して懸念していることが、私の想像と同じならば、そのことなら既に対処している」

「……え?」


「だからーー君は、そこにいてくれるだけでいい」


 その水色の瞳は、いつも通りの静かで確かな強さをたたえていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ