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34.星見台修道院

 辺りにはいつの間にか、霧が立ち込めていた。グロリアもルーサーから外套を借してもらっている。


 レイニーたちはそれ以上何も聞いて来なかったため、クリアとグロリアは無言で坂道を登り、星見台修道院へとたどり着いた。

 この星見台修道院は標高300メートルにあり、星空の下、少し離れた王都の夜景を見渡すことも出来る。

 静寂と祈りを本旨とする修道院だった。


 修道院の高い鉄門をくぐれるのは女性のみだから、レイニーとルーサーは修道院から少し離れた場所でそのまま待機するようだ。


 ベルを鳴らし、出てきたシスターに紹介状を渡す。直ぐに建物内に案内された。入会の意思があるグロリアはシスターと連れ立って別室に向かい、彼女たちの話の間クリアは中庭で待つことになった。


 敷地外からさほど離れていない場所なのに、そこは神聖な空気を感じた。

 しばらく幻想的で音のない世界にいたが、やがてクリアはある女性に気がついた。


(あ、アリアネル……!?)


 驚いた拍子に、足元の砂利を蹴ってしまう。あまりにも周りが静かで、石造りの壁や柱にその音が反響してしまった。

 通りかかった女性もクリアの存在に気付いたようで、顔をこちらに向けた。


(ーー信じられない。アニメから星見台修道院にいることは知っていたけれど、まさか……実際に会うことがあるなんて)


 白い布が背中に垂れ下がる頭巾を被って灰色のワンピースを着ている、かなり細身の女性だった。髪の毛は全て隠されているが、美しい柳眉やまつ毛は銀髪。その下の瞳はどこかで見たことがあるような澄んだ水色。


 その人は行き先を変え、クリアの方へ向かってくる。


(彼女は……シスター・アリア。生まれた時の名はアリアネル・ホーク)


 クリアは生唾を飲み込む。動悸がドコドコと速くなるのを感じた。

 クリアが何故、初めて会った彼女について知っているのか。それには理由がある。


(彼女の結婚後の名前は……アリアネル・カルセドニー)


 アニメの情報によればーー


 王立学園在籍時、アリアネルは当時王太子だったカーム・カルセドニーに見染められ、相思相愛の夫婦となった。ちなみに、カームは「凪の王太子」という異名を持っていた。凪とは「水面が風の影響を受けずに穏やかである様」を表す言葉である。


 しかし、結婚に必要な身分を得るために伯爵家へ養子に取られていたとはいえ、元孤児であったアリアネルを貴族の一部の派閥は王妃と認めなかった。

 カームは考えられる限りを尽くし、アリアネルの擁護をしたが、次第にアリアネルは心のバランスを壊していき……

 結婚から12年目にして第一子・王太子レイニーが産まれた時には、もう修復不可能なほどすり減っていた。


 アリアネルはかつていた孤児院とゆかりがあった星見台修道院への入会を望むようになる。

 彼女はレイニーのことも愛したが、あまりにその立場に疲れ切っていたため、かすがいとなるには至らなかった。


 カームはレイニーが8歳になる年、苦渋の決断をした。つまり、アリアネルの入会を認めた。


 ーーそれほどまでにカームはアリアネルを愛していたから。


 アリアネルの名誉をスキャンダルなどでこれ以上傷つけないため、公には伏され、王妃は長らく病床についているとされている。


(以降、カームは生涯二度とアリアネルに会えなくなった。そのことが、彼が「幸せな過去を繰り返し思い出させる効果」のある違法薬物「メモリア」に手を出してしまった遠縁でもある)



『そんなに努力しても、レイニー殿下は決して君のことを好きにならないよ』


 いつだったか、フォッグ・ハーパーが図書館で言ったセリフを思い出す。

 フォッグはアリアネルのことを指していた。クリアの境遇はアリアネルと少しだけ似ているところがある。

 そんなクリアをレイニーは好きにならない。何故なら、あのレイニーならクリアをアリアネルの二の舞にすることは出来ないはずだから、とフォッグは考えたのだ。


 そっと近づいて来たアリアネルはクリアの横で立ち止まる。顔は空へ向いていた。


「いつもこの中庭からは星空が綺麗に見えるのですよ。今夜は霧が広がっているのが残念ですが……星はお好きですか?」

「えっ? あ、はいっ……!」


 無駄に意気込んだ、この場にそぐわない声が出た。それでもアリアネルは優しく微笑んでくれた。


「わたくしもとても好きで……ですが、数ヶ月前からなんだか星の動きに違和感があるのです。何か、不穏なことの前兆でなければ良いのですが……」

「それは、科学の観点からですか」


 アリアネルはハッと驚いたようにクリアを見た。

 彼女の王立学園での専攻は天文学。学者肌のアリアネルがフォッグの父、エルヴィン・ハーパーとも親交があったことをクリアは知っていた。


「ーー貴女様は」

「失礼いたしました。クリア・サンブリングと申します。シスター……ええと」

「シスター・アリアとお呼びください」

「はい、シスター・アリア」


「クリア様は先程いらっしゃった方のお連れ様とお見受けします」


 アリアネルはクリアの肩にかかった上着に目を落とした。それはレイニーの、王太子の正装でーー王妃であるアリアネルに分からないはずがなかった。

 それがわかっていたから、クリアは簡潔に答えた。


「はい。それと、これは学園の良き友人から借りた上着です」


 アリアネルは一瞬目を見開いた後、ごくゆっくりと閉じた。それから、少しだけ掠れた声で言った。


「クリア様と、貴女様の周りの方々に神の加護があらんことを。いつもいつも願っています。それが唯一、わたくしに出来ることですから」


 何かを言おうと口を開く前に、クリアは別のシスターに呼ばれた。グロリアとの話が終わったのだと言う。

 シスター・アリアは微笑んでクリアに行くよう促した。


 クリアが肩越しに見れば、シスター・アリアとなったアリアネルは、夜空を背景に、一人静かにクリアの背中を見送っていた。


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